第67話(番外編) 散歩の話

 そんなナナコがなぜラルと話しているのかというと、他に話し相手がいないからだ。

 ナナコは人間の言葉がわかるが、どうやら人間にはナナコやラルの言葉はわからないらしい。どうにも一方通行なのだ。そのくせ、彼らはナナコやラルの言葉を理解していると思い込んでいる節があるので始末に負えない。


 本当に言葉がわかっているのであれば、ご飯はカリカリではなく缶詰、しかも毎日味の違うものを用意し、寝床は人間と同じ羽毛布団、なおかつ時間帯ごとに最適な寝床を選べるように複数用意し、家の中を移動するときだってナナコが鳴いて催促をするまでもなくドアを開けに来るべきだ。


 他にもテレビの音量や遊びの頻度やトイレ掃除、掃除機やドライヤーの使用についてなど、挙げればきりがない。要するに彼らは「話が通じない」のだ。

 そんなわけで、ナナコはラルと話をするより他なかった。


 ラルの声は喉の奥から絞り出すような低い声で、ナナコには聞き取り辛い。それなのに彼はよく喋る。その内容が、これまたどうでもいいことばかりなのだ。

「今日の散歩の時にね」

 ラルは決まってそう話し始める。

 そもそもナナコは、散歩というものが何だかわからない。ラルの話によると、家の外であちらこちらを歩き回ることだという。でも、ナナコは外に出たことがない。だからラルの話はわからないことだらけだ。

 そんな時は、とりあえず尋ねてみる。


「散歩ってそんなに楽しいの?」

「うん! とっても楽しいよ。いろんな犬や、猫や、人間に会えるんだ。それに、いろんなものを見るのも楽しいよ。電柱とかガードレールとか草とか」


 ナナコはさらに尋ねる。

「デンチューってなに? ガードレールってなに? クサってなに?」

「えっと、電柱は細長くて、道路に立ってて、……」

「ドーロって何?」

「歩く場所のことかな」

「床のこと?」

「床ではなくって、家の外の地面だよ」

「ジメンって何?」

「平らになっていて歩ける場所のことだよ」

「だったら床じゃない」

「えっ? なんか違う気がする……」

「はっきりしなさいよ」

「あううぅ……」


 そうやってラルに一通り説明をさせた後で、ナナコはいつも同じことを思うのだ。

「そんなものを見て、何か良いことあるわけ?」

 するとラルはいつも困った顔をする。

「ナナコは散歩に行けないから、楽しさがわからないんだよ」

「ずっと家の中だって死にやしないわよ。外には何があるかわかったもんじゃないし。それなのにあんたときたら、散歩って聞いただけでしっぽ振っちゃって、情けないったらありゃしない」

「だって、嬉しいんだもん…………」


 こうなるともう話は切り上げられ、ラルはすごすごと寝床へ引っ込んでしまう。

 そして翌日になると、また散歩の話が始まり、ナナコもついラルの話を聞いてしまう。それが二匹にとっての日常だった。

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