第63話 どうにもこうにも

 遠くから、人間の足音が聞こえた。

 最初に顔を上げたのはハチだった。

「撤収」

 彼が号令をかけると、猫たちは一斉に散らばって再び闇に消えた。

 残ったのは、ハチとコジロウの二匹だけだ。


「後は頼むでやんす」

「ハチさんはどうするんですか?」

 コジロウが尋ねると、ハチは苦笑いをした。

「どうにもこうにもね。まさかこんな展開になるとは」

「……?」


 コジロウが首をかしげているうちに、どんどん人間の足音が近付いてくる。

 どうやら二人いるようで、そのうち一方の足音には聞き覚えがあった。

「あれ、ハチさん、あの人……」

 コジロウが振り返ると、すでにハチの姿はなかった。


「人が倒れているわ」

 人間の女性の声がし、それに続けて「本当だ」と人間の男性の声も聞こえてきた。

「たいへん、血が出てるわ。階段から落ちたのかしら」

「とりあえず救急車を呼ぼう」


 未だ気を失ったままの男は、顔や首筋、手などに無数の傷を負っていた。そのひとつひとつは決して浅くなく、血が滲み出ている。

 コジロウが「ニャア」と鳴くと、二人はようやくコジロウに気付いた。

「おや、猫がいる」

「いつも空き地にいる子だわ。きっと心配でついていてあげたのね」


 その時、気を失っていた男がバネのように飛び起きた。

「ヒ、ヒイイィィ!」

 鮮血が道路に飛び散り、赤い模様を描く。男は震える手で自分の顔をぬぐい、その手が真っ赤に染まったのを見て硬直した。


「大丈夫ですか?」

 美穂の気遣う問いには答えず、男は激しく震えながらうわごとのように繰り返した。

「猫だ、黒猫だ……あの黒猫を殺してくれ……あいつは悪魔だ……」

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