第14話 空き地の黒猫
住宅街の一角に、その空き地はぽっかりと口を開けていた。
ハチはその中へ呑み込まれるように入って行き、コジロウも慌てて後に続いた。
雑草がコジロウの背よりも高く茂っており、目の前が緑色に染まる。
草むらの中からは虫たちの蠢く気配をそこかしこに感じるが、神経質な彼らはハチとコジロウが近付いた途端、ぴたりと気配を消してしまった。
自分を取り巻く世界が一瞬にして無音に変わり、コジロウは驚いて立ち止まったが、ハチは慣れている様子で気にすることもなく歩いてゆく。
空き地の奥には一台の車が置いてあり、タイヤの部分は草に覆われてほとんど見えない。左右のヘッドライトが割れ、後部座席の窓もなくなっている。
車体がひどく錆びついているのが、暗闇の中でもわかった。
夜風がふわりと通り過ぎ、コジロウは鼻をひくひくと動かした。
――ここも、猫のにおいがする。
コジロウはあたりを注意深く見回す。
猫は虫ほど気配を消すのがうまくない。それなりににおいもある。
相手の猫は、きっと既にコジロウたちの存在に気付いているだろう。
「ボス、連れてきたでやんすよ」
ハチがそう言った。
彼の視線の先を見ると、廃車の屋根に一匹の猫が座っていた。
その毛並みは、闇夜を切り抜いたような黒だった。
闇夜の中で黒猫の目だけが
その両目がゆっくりと動き、コジロウを捕えた。
コジロウは緊張で動けなくなるのを感じた。
それこそ、自分は本当に岩になってしまったのかとすら思った。
呑まれそうな威圧感を前に、今まさに対峙しているこの黒猫が噂に聞く『クロ』であり、この辺りの猫を束ねるボスなのだと、聞くまでもなくわかった。
「……虎猫か」
確認するように、黒猫が問う。
「いかにも、虎猫でやんす」
ハチが淡々と答えた。
黒猫がすっと車の屋根から降りた。
夜の闇のようにしなやで、音が無い。それだけで、コジロウは背中の毛がまた逆立つのを感じた。
夜の闇は、いつのまにか忍び寄り、音もなく去ってゆく。
彼の足音もそれと同じだった。
そのまま黒猫はまっすぐ近付いてくる。
コジロウはますます身を固くした。
「おい」
「は……はいっ」
呼びかけられて、どうにか返事をする。
声はかすれ、風に揺れる草同士がぶつかり合う音に負けそうだ。
「耳をどうした」
予期せぬ言葉に、コジロウはしばし呆然とする。
てっきり、厳しい言葉が来るのだとばかり思っていた。もしくは、力関係を明確にさせるために突然威嚇されたり噛みつかれることも覚悟していた。
しかし、そのどちらも起こらなかった。
「あ~、いやあ、ちょっとかゆいだけでやんすよね、コジロウ?」
ハチが慌てたようにそう答え、さらには「そうでやんすよね?」と念を押してきたので、コジロウも「はっ、はい、そうです」と答えるしかなかった。
耳をぱたぱた動かすと、まだかすかに痛みが残っていた。きっと明るいところで見ればハチにかみつかれた跡が残っているだろう。
「何か困ったことがあったらハチに言え」
「へいへい」
ハチがいかにも適当な返事をする。
黒猫がかすかにひげを揺らした。
それが機嫌の良いときにごくまれに見せる彼の癖だと気付くのは、少し先のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます