第13話 コジロウ、岩になりそこねる
夜道を歩くコジロウの足取りは軽かった。
今夜は風が心地良い。
いつもは眩しいと感じる街灯も、どこかの家から漏れてくる騒がしいテレビの音も、寝ぼけたように遠吠えをする犬の声も、まったく気にならない。
空き地で集会が行われるというので、コジロウはそこへ連れて行ってもらうことにした。
「元気が出たみたいでやんすね」
ハチにそう声をかけられ、コジロウは上機嫌で答えた。
「連れてきてくれたハチさんのおかげです。ありがとうございます」
「なんのなんの」
そう言って彼は耳をぱたぱたと振る。
「そういえば、ハチさんは夕食にありつけましたか?」
「まあね」
ハチは思い出したように舌なめずりをした。
よほど旨いものを食べたらしい。それなら良かった、とコジロウはひげをゆるませた。
「そうそう、クロさんってどんな猫なんですか? あのモーさんと互角に闘えるだなんて、きっとかなり強い猫なんでしょうね」
コジロウがそう言うと、ハチはおかしくてたまらないという様子でしっぽをくねらせた。
「あはは。モーの話を真に受けちゃダメでやんすよ。あいつごときがボスに勝てるわけがない」
「でも、モーさんはクロさんの顔に大きな傷をつけたって聞きましたよ」
するとハチは呆れたような表情になった。
「あーあ。あいつ、相変わらずでやんすねぇ。新顔の猫が来るたびにその話ばっかり。他に話のネタが無いんでやんすかね」
コジロウはふと立ち止まった。
もしハチの話が本当だとしたら、モーが同じ自慢話ばかり繰り返す理由は容易に想像がつく。クロという猫がそれだけ強いからだ。
「あの、ハチさん……、クロさんって、どんな…………」
先程と同じ質問をしようとしたが、声がかすれる。
それを面白がるように、ハチは唸るような低い声でささやいた。
「お前さんも喉元を噛み切られたくなければ、下手に逆らわない方がいいかもね?」
「え……」
コジロウの背筋の毛がふわりと逆立った。
そのことに気付いているのかいないのか、ハチはにっと口の端を上げた。
「わかったでやんすか?」
「は……い……」
コジロウはやっとの思いで頷いた。
例の三毛猫にしっぽを喰い千切ると脅されたときも恐ろしかったが、喉元を噛み切られるのはもっと恐ろしい。
「よしよし。じゃあ行くでやんすよ~」
話すだけ話すと、ハチは何事もなかったかのように歩き出した。
コジロウもその後を追いかけようとしたが、足がじっとりと水を含んだように重くなり、言うことをきかなかった。
そうなってしまった以上、できることはひとつだけだった。
「やっぱり僕、嫌です!」
コジロウは両手両足しっぽを胴体の下に潜り込ませ、その場にうずくまった。
その姿勢からは「絶対に動かないぞ」という意志が溢れ出ていた。
「ちょっ、こらっ!」
ハチが慌てて駆け戻ってくる。
構うものかと思った。己の身を守る方が大事だ。
「急いでいるのに、もう!」
そう叫び、ハチは右や左に回り込んでコジロウの体を鼻先で押した。それでもだめだとわかると今度は後ろに回り込んで押した。
しかし、コジロウも頑として譲らない。
(僕は岩だ。僕は岩だ。僕は岩だ。僕は……。)
より岩になり切るために固く目を閉じようとした瞬間、コジロウの視界に大きく開いたハチの口と鋭い牙が見えた。
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