2 午前零時を待つあいだ

 時計が二十三時半をさす頃、私は、ダークのエスコートで鏡の間に入った。


 広間に設置されたのは、長テーブルが一つに椅子が八つ。

 白いクロスの上には、焼き色がついたスコーンとダイヤ型に固められたチョコレートが山積みになり、三段皿では宝石のように彩られたケーキが今にも歌いだしそうだ。


 壁の大鏡に沿って、色紙の輪をつなげたチェーン飾りが垂らされて、薔薇のブーケで留めつけられている。

 見下げれば、ハートや星形の切り抜きが、星座図のように広がっている。


 暗い色のセットアップを着た双子は、自慢げにハサミとノリを持ち上げた。


「「アリス! 見て見て、かわいくなったでしょ」」

「ええ。とっても素敵になったわ。ありがとう、ダム、ディー」


 荘厳そうごんな一室を愛らしく変貌へんぼうさせた飾りつけを、ダークも手放しで褒めた。


「これは素晴らしい! 一流の建築家に頼んでもがめない傑作けっさくだよ」

「「ほめられたー!」」


 真夜中だが、二人ともお昼寝をして英気を養ったおかげで、元気いっぱいだ。

 招待状を届けて戻ってきたヒスイの方が、ゴミ箱を抱えて眠そうにしている。


 いつも通り執事服みつぞろいを着崩したジャックは、椅子のひとつに浅く腰かけて、落ち着きなくサーベルの鯉口を上げたり下げたりしている。


 リーズは座る気にもなれないらしく、剥がれかけた飾りを見つけては補修ほしゅうして歩いている。


「みんな、集まってちょうだい」


 私が声をかけると、ジャックが顔を上げ、リーズとトゥイードルズが駆けてきた。


「ねえ、アリス」

「お客さんって誰なの?」

「特別な人よ。でも、何が起こるか分からないから、リデル・ファミリーの流儀を忘れないで」


 私が頭をなでると、二人は無意識に上着の下に隠した武器に触れた。

 体に染みついている闘争本能は、彼らを助けてくれるはずだ。


「覚えていて。相手が誰であっても、どんな真実が明かされても、私たちは家族よ」

「「もちろんさ。ぼくらのアリス」」


 私が手を出すと、真剣な顔をしたトゥイードルズが両側から指をつかむ。

 リーズは神妙な顔で、その上に手の平を重ねた。


「アタシ、何があってもお嬢のそばを離れないわ」


 しかし、もう一人の手はいつまで待っても降りてこない。


「ジャック、来てくれない?」


 声をかけるが、ジャックは座ったまま物憂げな横顔をみせている。


「……オレはまだ、お嬢の推理を信じきれてない。薔薇の悪魔が、アイツだなんて――」

「どこへ刃を向けるかは、あなたが自分で決めていいわ。家族っていうのは、自由でもあるの」


 そこまで言うと、彼は重い腰をあげて、重なった手の上に自分のそれをのせた。

 重みを感じた私は、悪魔の手でよみがえった者らしからぬ図々しさで祈る。


(どうか神さま、今夜だけ祝福をお与えください)


 いつものように手が沈む、と同時に、四人の声がそろった。


『すべて、アリスの意のままに』


 これでパーティーの支度は整った。

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