第24話 君の特別になりたくて③





「……きっと師匠は優しすぎるんですよ。他人を傷つけるのが怖いから近づけない。それってとっても優しい考えなんですから、そう悲観的に考えないで下さい」



「………………すまん」



「もう何で謝っているんですかー師匠!」





 ルルはまるで母親のような慈愛に満ちた笑みを浮かべながら言う。僕は何だか恥ずかしくて申し訳なくて心の中がグシャグシャになっていた。



 ナニコレ。恥ずかしくて死にそうなんだけど!



 孤独という漠然とした恐怖に襲われたという心の動揺とルルの「師匠! 辛い事は口に出した方が解決しますよ?」という甘い誘惑に負けてしまい――



 話しちゃった! 孤独が怖い事とか幼馴染との関係とか悩んでいる諸々を! 今まで一度もしたことない悩み相談しちゃったんだけど!




 ああ恥ずかしい恥ずかしいなぁ! 穴があったら入りたい!



 何がアレって、僕のような陰キャのつまんないであろう話をうんうんと頷いて真剣に聞いてくれるんだよ? 親にどんな教育されたらこんな素敵な人格になるんだよ。スゲー話しやすかったよ。



 そんでもって悩みを人に話して少し楽になっちゃってるからもう恥ずかしくて死にそう! ハイ死にます! 顔に血液上りすぎて末端から壊死して死にます!



 どこの世界に弟子に悩み相談する師匠がいるんだよ。


 しかも、十歳は年下の女の子に!


 というか僕の悩みは相談するだけで楽になるものなのか?





 ……楽になるものなんだろうなぁ。



 こうやって誰かに悩みを打ち明けたり、僕のために一緒に悩んでくれる仲間がいるというのがもう嬉しくて嬉しくて。



 ……いかん。泣きそう。



 僕は少し滲んだ瞳を、目にゴミが入った風を装って服の裾でふき取った。



「……ん。師匠。いいですよ?」



 ルルは天使のような微笑みで両手を開く。それはまさしく我が子を向かい入れるようなポーズで――



「おいで?」

「いやいやいやいやいやいや!」





 流石にハグは恥ずかしくて無理だよ!


 いや凄いな! ルルの優しさのビックリだよ!



 僕が首を振って全力で否定すると、ルルは少し不満そうに口を尖らしながらも両手を下した。



 怖ぇ……陽キャ怖ぇよ……うっかり僕が惚れてしまったらどうするんだよ。



「コホン。これはあくまで私の予想なんですけど――その幼馴染さんは、お互いの関係に格差があるなんて思っていないんじゃないですか? よ、予想ですけど!」



「……いや、どうだか……。僕は陰キャで彼女は陽キャだぞ? 余りに差が――」



「そう! そこですよ!」



「ん?」




 ルルは僕を顔に向けてビシッ! と人差し指を向ける。



「陽キャと陰キャってどうでもいいじゃないですか」


「………………え?」




 僕は言葉に詰まった。

 考えもしなかったからだ。



 陰キャと陽キャ。光と闇で分断して関係を築いているこの世界で、どうでもいいと一蹴してしまうルルの考えが僕にはとてつもなく斬新に見えた。



「そもそも自分は陰キャとか陽キャとか、誰が決めたんですか? 神様に言われたんですか? ――誰にも決められていないじゃないですか」



「でも、僕は君が引くほど根暗な奴で」



「人のは誰にも明るい面と暗い面があるもんですよ。私は尋常じゃないぐらいにポジティブですけど、落ち込む時だって人には言えない暗い所だって当然あります。師匠は暗い部分しか見てないだけで、私は師匠の明るくて優しい所、いっぱい知ってますよ?」



「――――――――ッ」



 ルルの言葉に、宴会の去り際でリリィが言った言葉を思い出す。



『ま、またねエレノアくん! 今度は友達として……遊ぼうね! あと、エレノアくんは私と釣り合わないと言ったけど、そ、そんな事絶対にないから! エレノアくんの素敵な所、いっぱいいっぱい知ってるだからねッ!』



 リリィは振った僕に最後まで悪く言わなかった。



 僕の素敵な所。……僕自身が分からない。



 気が弱く、ネガティブ志向で、コミュニケーションに難があり、他人に嫌われるのを異常に恐れる僕に――何か少しでもリリィに与えらるものがあるのなら。



 僕の知らない僕の魅力を見つけてくれた好きな人を信頼するなら。



 ……少し、ほんの少し自信というものを持ってもいいのではないかと、思える。




「この際陰キャとか陽キャとか格差とかそういうの全部置いておいて――師匠の本音だけを聞かせて下さい」


「本音…………」



 僕の本心。

 そんなものは、ずっとすっと前から変わっていない。



「……まずは、リリィに謝りたい」



 僕は彼女を二度も泣かせてしまった。




 一度目は闇魔術師になるためにリリィと絶縁した時。

 二度目は好きなのに素直になれなくて彼女を振った時。



 しっかりと頭を下げて、自分の情けない所を全部さらけ出して、

 それでも、許してくれると言うならば――



「僕はリリィに好――――」



「わ――――――ッ!!!! ちょっと待て下さいッ!! タイム! タイムです!」




 突然僕の言葉を無理矢理遮ったルル。彼女の顔は耳まで真っ赤になっていた。




「その言葉は今じゃなくて後がいいなぁなんて思っちゃったりとかとかしちゃったりしまして?」



「……何を言ってるんだ?」



「アハハハハハ! そ、そうだ私そろそろ用事があるので帰りますね! あ、カレーとてもおいしかったです! そ、それではッ!」



 ルルは急いで残っていたカレーを平らげると、お茶碗を洗面所に置いて、逃げるようにその場を去っていった。



「……訳が分からん」



 そもそも本音を言えと要求したのはルルの方ではないか。




 ……まぁ、なんにせよ。

 ルルのおかげで、元気になった。前を向けた……筈。



 なにより、やることが決まった事がデカい。余計な建前を省いただけで、こうも物事がシンプルになるとは。



 ルルは本当に素晴らしい弟子だ。……弟子かぁ。ホント僕、師匠失格だなぁ。




「………………ん?」



 ふと気づく。部屋の隅に大きなトンガリ帽子が置いてあった。慌てて帰ったから忘れていたのだろう。




 仕方がない、届けてやるか。

 そこまで遠くには行ってないだろうし。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る