第九話
その日の夕焼けは、いつも以上に美しかった。
空の蒼、薔薇色の水平線、紫のちぢれ雲。
偶然が作り出す絶妙な色合いに、廊下を歩いていた看護師が、歩みを止めて、携帯端末を手に取った。見惚れた顔で、水平線に沈む太陽に向かって狙いを定める。
そのすぐ後ろを、慌ただしく駆け抜ける男――亀尾神明が向かうのは、花菱の居室、副院長室だ。
「院長は、病棟に移した方がいいんじゃないですか? 最近特に酷いですよ。日に日に酷くなっているのが見ていて辛いんです」
ドアを開けるなり開口一番、神明の進言に、花菱はまたかと頭を抱えた。
「そんなに辛いなら毎日会いに行くのをやめればいい」
そう冷たく突き放す。そして今日も同じ答えを返す。
「――院長室に備え付けの仮眠用ベットは、病棟のものと変えてあるんだ。設備的には変わらない。
いいか? 院長が院長室にいるという事実が大事なんだ。なんど言ったらわかってくれる?」
「それは承知していますが」
そう言いながら神明は花菱の顔を覗き込む。彼女には、目の下のくまを隠すゆとりもなさそうだ。
「それはそうと、花菱さんももう何日も家に帰っていないんじゃないですか? たまには家でごゆっくりされたらいかがです?」
しかし花菱は首を縦に振らない。
「私はいい。それより君は君の仕事をしなさい。例の件は進んでいるのだろう?」
「明日、予定通り全国から集めた麻痺患者を検診します」
「そうだ。明日だったな。何人集めた?」
「選抜したのは15人、午前中で終わります」
「そうか。とにかく、麻痺患者は放置できない。ウイルス感染症だった場合、院内感染ということになる。いいか? この病院としてはオーソリティからの支持を裏切るわけにはいかない。無論代表者交代もさせない」
「お言葉ですが、該当するウイルスなんてないと思いますよ。それにもし、新種や亜種も考えるなら専門の人にお願いしないと」
「それは打ち合わせしたろう? プロジェクトメンバーの人選は終わっている。皆こちら側の人間だ。
今度の検診で出たデータを君が分析してそれを元に皆で話し合う。そういう話だったはずだ。とにかく調べるほどに隠れ麻痺症状の人間が増えていく、もう隠し通せない。しかも麻痺のメカニズムは未だ不明。それが分からんと対策のしようがない。
いいか? もう時間はない。君がやるべきことは麻痺メカニズムの究明。それを急ぐんだ。病因はそれからだ」
神明は、渋々了承し、副院長室を後にした。その足で自分の実験室に向かう。
(最悪は、市中感染だと思うけどなぁ。院内でなければ、しらばっくれるということなんかね?
まーどのみちウイルスの線は薄いんだけどなぁ。ただこれだけの数がいるとなると疑いたくなるのもわかる。
あるとすればウイルスではなく何らかの有害物質が、食べ物や空気に混入しているとかね。
とはいっても、その場合も麻痺の正体が何なのか、そもそも本当に麻痺なのか? 症状の解明が先だ。あの人が言っていることは間違いじゃない)
能古見病院の地下は巨大な研究施設があって、複数のエリアに分割されている。それぞれのエリアは完全に隔離されていて、提携している製薬会社やその他専門の研究機関に貸し出されていた。その中の一つに神明の実験室があった。
実験室に戻ると、着替えを持って共同施設のシャワーを使う。さっぱりした後、また実験室に戻り、実験室の部屋の隅に作られた、遮光カーテンの中の小部屋に引き籠もった。
VRヘッドセット体型の上等なシートに座り、ヘッドセットを使わず、VRメガネとメカニカルキーボードで、明日検診予定の人たちの情報を確認する。
「しっかし、症状が出た人の選別、症状が顕著な人を集めたって言ってたけど……なーんでこんなになるかな?」
対象者の中には明らかに年齢による偏りがあった。症状が顕著なのは年寄よりではなく若者の方だったのだ。
ただ症状が顕著というのは重いという意味ではなかった。平均からずれているということだ。結果、検診者リストは三十代未満の者だけになってしまい、老人は含まれていない。
神明は、リストの中に特別な三人を見つけて首をひねった。
「まじかよ、こんな人が病院にいるの、誰これ? リングネーム? どっかで聞いたことあるぞ。引退して再就職ねぇ」
そこには、元レスラーと元柔道家、それと元関取の三人が表示されていた。彼らは皆、介護士だ。
「そうだ、この人もいたよな。比較のためとはいえ、散々調べておきながら、またってのも申し訳ないなぁ。結婚祝いも兼ねて、模造刀でもプレゼントするかね? あー十手の方が良いかな?」
リストの中には臨床検査技師の、深山西喜の名前もあった。彼のカルテを見ながらひとしきり考え込む。
「明らかな痺れならわかるけど、深山さんの場合も、実際にテストをしないと感覚が失われていることに気づかなかったんだよな。その点、夏子さんとは違う。花菱さんよく見つけたもんだ。
夏子さん型の自覚症状がある麻痺と、深山さん型の自覚症状がないタイプ。数は圧倒的に深山さん型が多い。夏子さん型もいるにいるが、感覚が鈍い程度、夏子さん程は酷くない。
どちらも神経系には全く異常がない。これは共通点。よって脊椎から脳に至る経路の途中、何処かの場所で切れているか、脳の働きそのものの問題だろう。
夏子さん型は、例えば前頭葉か、側頭葉の問題の可能性がある。ならば、せん妄もありえるけど、深山さん型、つまりもっと手前の小脳関連に問題がある場合は、せん妄じゃない。
あるとすれば、視力と同じ、欠損を脳が自動補完している可能性が高い……」
神明は、うーんと唸った。
「ただねぇ。なーんか、しっくりこないだよな。深山さんのケースも自動補完というわけじゃない気がする。補完なら微細でも、明確な欠落があるはずだけどそれは検出されていない。むしろ――」
また、うーんと唸った。そして半ば確信めいた表情で言った。
「加齢による広い範囲での認知機能低下。消去法で考えるとこれだ」
ワンテンポ開けて、プッと吹き出した。
「29歳の深山さんが老化? 我ながら馬鹿らしい」
神明は時計を見た。地下のためわからないが、既に日が落ちている時間だ。
「早く、外傷性の麻痺治験に取り掛かりたいなぁ。せっかく院長が許してくれたのに。いんちょー早く治ってくれないかなぁ」
実験室の隅に目を移す。洗濯物が入っているヨレヨレの紙袋がおいてあった。
「下着がもうないな。家に取りに帰るか。うん。ついでにアサルトで、おでんと熱燗ってのも悪くないな。いや、ついでだよー。明日は大事な検診だからな。うん。ついでだ、ね」
神明は誰でもない自分と会話し、納得したように頷いて、そそくさと身支度を始めた。
◆
「マジかよ! やっちまった!」
自宅のベットで目覚めた神明は、時計を見るなり、大声で叫んだ。隣で寝ていたサキが何事かと目を覚ます。
「今日は集団検診なんだ。いつもより早くいかないと」
慌てて着替えはじめる。サキは病院への到着予定時刻を聞き出し、洗面台にスタスタと歩いていった。
神明は、スラックスを穿きながら、同時にワイシャツを着る。一度にやるものだから、身体が服に絡まり、奇妙なポーズのモダンアートのように固まった。
「何遊んでるの? いくよ」
神明が絡まった服の隙間から覗き込むと、既に支度を終えたサキが仁王立ちしていた。
「まじかよ。はえぇ」
駐車場の濃紺クーペに乗り込むと、神明は、ガチガチのバケットシートに身を沈める。ついでに目を閉じて、逸る気持ちも鎮める。
「よし、心の準備はできたぜ。いつでもいいぜやってくれ」
と運転席のサキに言った。
「松・竹・梅のどのくらい急ぐ?」
とサキが聞くと、神明は、
「竹」
と言って、すぐに、
「梅」
と言い直した。サキがなぜ? と聞くと、神明は、
「ちょっと昨日飲み過ぎで」
とポッと赤くなった。
神明が検診会場――病院敷地内の大ホールに到着した時、花菱の怒りは既に着地点を見失っているようだった。ホールの演壇で大声を出して指示を出している。
会場である大ホールは、バスケットコートがまるまる三面ほど入る大きさの巨大なものだった。
花菱が立っている演壇の前には、パイプ椅子が百脚以上、測ったようにきれいに並べられている。
ホール入口付近、演壇の対面側には体力測定用と思われるトレッドミルやステップミル(踏み台昇降マシン)など、フィットネススタジオにあるような運動器具とともに、様々な医療器具が整然と並べられていた。
ホール入り口に立った神明を見つけた花菱は、ホールの端から端まで通る、力強い大声で彼を呼んだ。神明は恐れおののくが、しかし意外な形で、事なきを得る。
「呆れた。何時だと思っている?」
「す、すみません! うプッ」
少し青い神明の顔色を見た花菱が、慌てた様子で大丈夫か? と声をかけた。無論神明の顔色が悪いのはサキの運転のためである。
「まさか君、術後の頭痛、副作用か?……それなら仕方ないな。いま今日の流れの説明を終えて、とりあえず神経系の反射機能テスト第一回目が終わっている。これから一般的な体力測定を行って軽い運動をしてもらった後、変化がないか再測定する。後は――ああ説明不要だな。とりあえず、そこの患者用のベッドを使って休んでいるといい」
花菱はホールの端に設置されている数台の簡易ベッドを指さした。
「い、いえ。僕が抜けるわけにはいきませんから」
神明が少し青い顔でそう言うと花菱は、
「術後間もないのに申し訳ないと思っている。君が考案した脳神経系の機能テストは後半だ。それまではゆっくりしていていい。それと全体の流れでなにか気づいたら知らせてくれ」
と言って神明の背中を軽く叩いた。そしてその場に仁王立ちになった。
「え? 花菱さん、部屋に戻らないんですか?」
神明が聞くと、花菱は当然のように、
「全国から集めた患者だ。当然だろう」
それを聞いた神明はしまったという気持ちがつい顔に出てしまう。
(くそう、やる気だけ見せて怠ける作戦が……)
そんな時、握力測定をしていたグループから、
「おおーっ」
とどよめきが響いた。
花菱と神明が、その場に駆け寄った。
「どうした?」
花菱が聞くと、握力計の測定限界値を超えたと、立ち会っていた医師が言った。
「握力が百キロを超えているのか? すごいな。もっと上等なやつはないのか?」
花菱が聞いた。
「うちの病院にあるのはこの型だけです。100キロまでしか測れません」
怯えたように答える医師。
「なんて準備が悪い」
軽く吐き捨てる花菱に医師は萎縮する。そこに神明が助け船を出す。
「そりゃうちはフィットネスクラブじゃないんだから。あまり無理を言うわけには。トレッドミルがある事自体、僕には驚きですよ」
「それはそうだが」
するとそこに、
「あのう」
申し訳無さそうに、声をかける大男がいた。握力計を振り切らせた当の本人だ。
「――どぼしたら、よかですかね?」
(この人が、元関取の……写真よりも馬鹿っぽい人だなぁ)
神明はそう思い、まじまじとその男を見た。どうやらカルテの写真は盛ってあったらしく、その間抜け顔ときたら別人と言ってよかった。
顔には締まりがなく、オドオドした態度で、大男だが恐ろしさはまったくない。
(これじゃぁ、関取としては無理っぽいな。力仕事の介護士は天職かもしれない)
「ええ、大丈夫ですよ。このテストは筋肉を使った後の変化を見る意味合いが大きいので、そうですね、力が入ればいいので」
そう言って、神明は、辺りを見渡してパイプ椅子を持ってきた。
「これを適当にニギニギしておいてください」
と、そんなやり取りをしていると、今度は別のブースでバキッという、何かが壊れる音がした。
「こんどはどうした?」
また花菱と神明が駆け寄ると、そこには背筋測定器を破壊した大男がいた。
「これ壊しますか? さすが、すごいですね。後でサインください」
そばに居た医師――
「……いまなんと?」
その大男は、まるで耳が遠い老人のように、もう一度聞き返した。
「僕はレスリングファンで、あなたのこと知っているんですよ。
人間離れしたリフトで面白いように人を投げ飛ばして、人間パワショっていわれてた
怪我は残念でしたけど、こんなにすごいなんて、今からでも復帰できるんじゃないですか?」
興奮冷めやらぬ今風に、
「ああ、いやぁ、もう昔のことだからね」
その様子を見ていた神明は、
「あ、
そう言って今風に目配せした。
するとまた、別のブースで叫び声が上がる。駆け寄ろうとした神明を花菱が呼び止めた。
「もういい、わざわざ君が行かなくてもいいだろ」
「あ、いえ。気になることがあるので」
叫び声の原因は、反復横跳びをしていた元柔道家の男が、横に飛んだ瞬間、飛びすぎて見守っていた看護師と衝突したからだった。
「あーあたったんかいな。すまんのう」
神明が事情を聞くと、大男はテスト内容を理解していなかったらしく、横向きに幅跳びをした。ということらしかった。
「まじかよ。横向きに幅とび? 誤解する方もする方だが、それちょっとおかしくない?」
神明が確認すると、その元柔道家が立っていた位置と、看護師が立っていた位置では3メートルほども距離があった。首を傾げる神明の隣に花菱がやってきて事情を飲み込んだらしく、
「なんで、こんなのが集まっているのだ?」
と愚痴をこぼした。しかし不思議顔の神明に気づきどうした? と声をかけた。
「なんといいますか。ちょっとおかしくありませんか?」
「だからなにがだ?」
「たしか立ち幅飛びの世界記録は――」
そう言って、ポケットを探った神明が「あっ」と声を上げた。
「まいったな、サキの車に携帯忘れて来たみたい。あれがないとラボに入れないんだけど」
花菱は、ため息を付いてやれやれと、首を横に振った。
「そんな物、奥さんに届けてもらえばいいだろう」
「まあ、そうなんですけどね」
神明はそう言って腕組みして考え込んだ。
「どうした? まだなにかあるのか?」
「やっぱり、ちょっとね――彼ら馬鹿すぎやしませんか?」
真顔でいった神明に対し、花菱は頭を抱えて、髪をかきむしった。
「バカはお前だ、ベッドで寝ていろ」
そう言うと、カッカッカッと、ヒールの音を響かせながら、演壇に向かい歩きはじめた。
神明は、そんな花菱を無視してその場で考え込んでしまう。その表情は真剣そのものだ。
(握力計はまだいい。でも背筋力測定器が壊れるということは普通ありえない。十分、設計には余裕があるはずだ。ましてや、人間は立ったまま横に3メートルどころか、2メートルも飛べやしない。やれるとしたら野生のサルだ。
テストをしてみないとわからないけど、見聞きする限りこの大男3人は、思考能力低下の疑いがある。その反面、著しい身体能力の向上がある。どういうことだ?)
バキン!
静まり返った大ホールに金属音が響いた。
「今度は何だ――なんだと!」
音に方に目をやった花菱の表情が、驚きで固まった。すぐに指を指して怒鳴った。
「おい! 君! 何をしている!」
音がした辺りには、元関取の男がいた。
ぐにゃぐにゃに曲げたパイプ椅子を、棒状に伸ばしそれを振り回し、辺り構わず殴りちらしている。
キャーッ!
続いて黄色い悲鳴。
それは、血だらけで倒れた男性医師を目の当たりにした看護師のものだった。なぜ血だらけなのか? 皆が理解する前に、
ガチャーン、バキッ!
ぎゃーッ!
金属音に続き、また別の女性の悲鳴。
何が起きたのか? 分からない。そこには、元レスラーがハンマー投げの要領で、パイプ椅子を振り回していた。勢いをつけた後、医師や、看護師、その場にいる者に向けて放り投げている。
関取と、レスラーに驚いた人たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
いち早く外に逃げようとした者たちが、ホール出入り口に向かい走り出した。
しかし彼らは、まるで枕投げの枕にでもなったように、ポンポンと宙に浮かび、そして落下していく。
出口で待ち受ける元柔道家が、所構わず投げ技を繰り出しているせいだ。
棍棒(パイプ椅子)を振り回す、元関取。
パイプ椅子を回転しながら放り投げる、元レスラー。
人間を物の様に放り投げる、元柔道家。
「彼ら、正気を失っている……なにがどうなっているんだ?」
呆然とする花菱。
花菱と神明は、演壇脇の脇幕の影に隠れ、様子をうかがっていた。
「わかりません。症例はともかく三人同時にというのが不可解です。兎に角、警察呼びましょう」
「それはだめだ。内部で片付ける」
「花菱さん、少し冷静になりましょう」
神明がそう言うと、ちょうどそこへ深山が駆け寄ってきた。
「麻酔銃とかないんですか? これじゃ近づけません」
「動物園じゃあるまいし。麻酔薬はあっても銃はない」
花菱が悔しそうに言うと、神明が脱出を提案する。
「こうなったら窓を割りましょう。ただ半端に割ると、窓をくぐる時、ガラスが刺さる可能性があるので、なんか棒みたいなやつは――」
神明がそう言って、あたりを見回していると、花菱が各ブースを仕切る、パーテーションの支柱を見つけた。
「あれは、使えないか?」
太さはちょうと3センチ程度、金属製で強度は十分だ。
「確かに使えますが、取りに行けませんよ」
パテーションは複数本立っていて、しかも簡単に引っこ抜ける構造だが、元関取と、元レスラーの行動範囲の中にある。暴れている彼らに近づくのは得策ではない。
花菱が諦めきれない様子でいると、脇幕の奥から神明が、掃除用の木のモップを手にして戻ってきた。
「これでどうです?」
しかし花菱が首を横に振る。
「あの窓は二重窓で、半端に丈夫だ。木製では割れん」
すると、深山がニヤリと笑って懐に手を伸ばした。出てきたのはなんと赤い房のついた十手、むろん鉄の塊である。
「え? 深山さんそんなの持ち歩いてるの?」
驚く神明に深山は言った。
「護身用です」
◆
先頭に十手を手にした深山、続いて花菱、最後に神明。
三人は、こそ泥が盗みに入るように、抜き足差し足、ゆっくりと窓に近づく。
その時、三人の怪物たちと医師、看護師はどうなっていたかというと、並べられたパイプ椅子を挟んで、睨み合いが続いていた。睨み合いというか、一方的に三人にもて遊ばれているように見えた。
(皆、もう少し待っていてくれ。外に出たら警察に連絡するから)
神明はそう思い、花菱のあとに続く。
窓の近くに到着し、三人は顔を見合わせ、いざ割ろう、ちょうどその時。窓の外にサキがいるのがわかった。
(げ、携帯届けに来てくれたんだ。こっちきちゃだめだって)
神明は帰れと賢明にゼスチャーを送る。
そして、その時、
隣りにいた深山は、
目一杯、
十手を振りかぶり――
花菱に向かって振り下ろした。
「え?」
花菱の目が丸く見開かれた。
反射的に両手で頭をガードする。
振り下ろされた十手を両手で受け、花菱の顔が、激痛で歪んだ。
「お、折れた」
花菱がそう言って右手を抱え込んだ。
神明は慌てて、
「まじかよ! あんた何すんのッ!」
と、叫んだ。
その声に反応し、ホールにいた全員の視線が神明に集まる。
眼の前にいた深山が、神明をじろりと見た。
その目にはもはや知性は感じられず、
口元からはよだれが滴り落ちていた。
そして再び深山は十手を大きく振りかぶった。
鉄の塊が、神明の脳天に落ちた。
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