第3章 第45話 ぼこぼこブコム

「覚悟は良いかい? お嬢ちゃん」


「お嬢ちゃんではありません、ベネットです」


 朝食前の時間、中庭には沢山の人が集まっています。

 ベネット対三男ブコムの決闘は、追い込まれたこの領地では良い娯楽の様ですね。

 もちろんこの国? の人達はブコムが勝つと思っているので、勝てば士気も上がって良い事づくめ! とても思っているのでしょう。


 ただ大臣とその側近らしき人物達は、見学には来ていますが興味は無さそうで、アクビをしている人すらいます。

 昨日といい今日といい、この大臣の考えが分かりません。


「それではブコム様 対 ベネット殿の決闘を開始します!」


 審判らしき人物が中庭の中央に現れて手を高く上げます。

 2人とも鎧は着ておらず、普段着もしくは運動しやすい服装、武器は自分が使っている物と近く刃のない物を使用しています。

 ベネットは剣と盾、ブコムは長く大きな剣を片手で持っています。


 どうやら背が大きいだけではなく、筋肉にも自信があるようですね。


「構えて! レディー・ゴー!」


 ブコムはゆっくり歩き、まるで余裕を見せつけるかのように構えを取りません。

 対するベネットは左腕の盾を前に、剣を中段に構えています。

 

「なかなか様になってるじゃないか。女をいたぶるのは趣味じゃない、降参したら許してやるぞ?」


「あら、降参するの? 負けるのが怖くて剣を交える前に交渉なんて、図体はデカくても肝っ玉は小さいわね」


「グッ、おのれ、優しくしてやれば付け上がりおって!」


 大きな剣を持ち上げて力任せに振り回します。

 しかし当然当たるはずもなく、ベネットは避けるだけ。

 涼しい顔のベネットが気にくわないようで、次はしっかりと腰を入れ、さらに両手で持って剣を扱い始めました。

 おお、あんなに大きな剣を軽々と扱っています。それに大口をたたくだけあり、確実にベネットを追い込むように動いています。


 予想以上に強い人でした。

 これはベネットでも苦戦するかもしれませんね。


「フアッハッハッハ! お前がどれほどの者かは知らないが、威勢がいいのはあの武具のお陰だという事を分からせてやろう!」


 さらに剣の回転速度が上がり、武器のリーチも違うためベネットは近づくことが出来ません。

 そして遂に、ブコムの剣がベネットの体を突き刺してしまいました。

 会場にどよめきと悲鳴が走ります。

 『まさか殺してしまったのか!?』殺さないために武器には刃が無いのに、突いてしまっては刃の有無にかかわらず、形状によっては刺さってしまいます。

 胸を貫かれたベネットは、ゆっくりと霧のようにいなくなってしまいます。


「あ? ん? なんだ? どこへ消えた?」


「ここよ」


 ブコムの背後から声がして、慌てて振り向くと盾で顔を殴打されました。


「ふぃぎゃ!」


 世にも情けないうめき声をあげて倒れましたが、まだ何が起こったのか理解できていないようです。

 ベネットは剣で腹をつつき、振り回される大剣を盾で軽くいなします。


「あら、お嬢ちゃんに殴られてしまったわね。どうする? まだやるかしら、ボ・ク?」


 ようやくけるのをやめ、貫かれたと錯覚するほどに素早くかわしたベネット。

 ブコムの剣ではベネットにかする事すらない、そう理解させるために普通に避けていたのでしょう。

 チラリと大臣を見ますが、やはり慌てている素振りはありません。

 分かっていたのですね、実力の差を。

 しかし今の状況でブコムが負けると、軍の指揮に影響があると思うのですが、良いのでしょうか。


 なかなか降参しないブコムに業を煮やしたのか、ついに顔面を剣で殴り始めます。


「そそ、そこまで!!」


 慌てて審判が止めに入り、ようやく殴るのを止めました……が、ブコムの顔はボコボコです。

 

「勝者、べ、ベネット……殿」


 嫌々ですね。ブコム様勝利! と言いたかったのでしょうが、残念ながらそうはなりませんでした。

 ブコムは地面で伸びたまま、ベネットだけが礼をしてこちらに来ました。


「お疲れ様、ベネット」


「ベネットさん、もう少し手加減をしてあげないとカワイソウですよ」


「疲れてもいないしかカワイソウでもないわ、まだまだ殴り足りない位だもの。お嬢ちゃんとか武具のお陰とか、侮辱するにも程があるわよ」


 ご機嫌斜めですね。

 まぁ私もあの人は嫌いなので全然かまいません。

 しかし会場の観客はそうもいかず、私達をにらむ人や顔を背けてヒソヒソ話しをする人が居ます。


「ふぅ、なんだか険悪な雰囲気になってしまいましたね。帰りましょうか」


 そんな時、ある一角から拍手が鳴り響きました。


「お見事でしたベネット殿! 噂にたがわぬ実力でした。まさかこれ程までにブコム様がかなわないとは、いやはや感服いたしました」


 例の大臣一行です。

 大臣が拍手をするのだからと、釣られて拍手が広がっていき、広場の全員が手を叩き始めます。

 今まで陰口や睨んでいた人達までもが手を叩き、私達を称賛しています。

 これは……とても嫌な称賛に聞こえてしまうのはなぜでしょうか。

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