第3章 第39話 転生前の夢物語

「お前はここを動くな。正座していろ」


「はい、わかりました」


 素直になったアミックは、まるで会社の事務員の様なイメージだ。

 そういえば喪女を50年と言っていたか? なるほど、会社ではお局様なのだろうな。

 ……見た目は10歳、中身は50歳。ロリータファッションか……人の趣味だ、文句は言うまい。


 さて、予想ではそろそろ兵士が動き出すはずだが、城内は相変わらず静まり返っている。

 廊下を堂々と歩いているが、誰とも出くわさない。

 諦めたか?


 城の高い位置、王の寝室に相応しい立派な扉が鎮座している。

 手で押すと簡単に開き、私は1歩後退した。

 ……最後の足掻あがきをすると思ったが、奥に見えるベッドに座っているようだ。

 他に気配はない。


「入って来てはどうだ。もう分かっているんだろう」


 言葉に従い部屋に入ると、中にはロウソクが1本だけ立てられており、ベッド周辺しか照らされていない。

 ベッドに腰かけ、ガウンを羽織っている男、コミューン国王は、黒く長いひげと長い髪をした初老の男性だ。


「ふふふ、まだ警戒をしているようだな。こんな無力な男に、何を怖がっているのだ?」


「私が警戒を解くことは無い。たとえ風呂に入っていても、用を足していても警戒している」


「そうか。なら警戒をしたままでも構わん、お茶くらいは飲んでくれるだろう?」


「それも必要ない」


「……君は国王の寝室に無断で入り込んだのだ、兵を呼べば死罪は確定だ」


「その気があれば、とっくに呼んでいるはずだ」


 だんだんと国王がイラつき始める。

 お前の思い通りに進むと思ったら大間違いだ。

 

「まったく、可愛いお嬢さんとお話しすらできないのか? よいしょっと、私はイスに座らせてもらイテ! 小指をぶつけてしまった」


 立ち上がりイスに移動しようとした国王は、テーブルに足の小指をぶつけて痛がっている。

 古い手だな。


「何度も言うが、無駄だ。お前の手は知っているからな」


「ふん! なら好きにするといい!」


 単純な手だ。相手の警戒心を解いて、一瞬でもスキを見せたら洗脳する。

 それは笑いでも恐れでも、とにかくスキがあれば有効のようだ。

 だからこの男は必死にスキを作ろうとしている。


「お前は転生者だな。なぜ30年も前にここに来た」


 そう、コミューン国王は30年前、突如としてこの国に現れた。

 それまでの家系を全く無視し、突如として王位継承戦に参加したのだ。

 恐らくは順番に洗脳を施したのだろうが、それにしては王位に就くまで時間がかかっている。


「もうそこまで調べたのか……お前を洗脳する事が出来ない以上、黙っていたら殺されかねないな」


「かねない、ではなく、私を狙った理由を言わなければ、確実に殺す」


 唇を強く閉じ、私から目を逸らしてため息をついた。

 私にとっては国王やコミューンなどどうでもいいからな。


「……今日、オンディーナから親書が届いたのは知っているか?」


 ああ、どうやら私とユグドラは別人だと思っているようだ。

 てっきりバレているのかと思っていた。


「冒険者が来たのは知っている。親書を持ってきたのか?」


「そうだ。そこに書かれていたのだ【今期を最後に、コミューン国はオンディーナ国に吸収する事になった】とね」


「ほぅ、ついに属国ですらなく、亡国となるのか」


「笑い事ではない! コミューン王国は数百年も続いていたのだ! それが、私の代で途絶えてしまうのだぞ!」


「それは仕方が無いだろう。お前の政治手腕は最悪だからな」


「最悪? 最悪だと!? 地球の進んだ政治体制を取り入れるのが最悪だというのか!!」


「当たり前だ。この国、この時代、この世界において、民主主義を取り入れようなど愚の骨頂だ」


「違う! 私はそれを改良して、王政に合わせて取り入れたんだ!」


「王政と民主主義は全くの別物だ。やろうとするなら、江戸時代や中世の政治を取り入れるべきだったのだ。その証拠に、何一つ成功していないはずだ」


 口を堅く閉ざした。

 ぐうの音も出ないだろうが、私達のいた世界とは全てが違うんだ。

 資料室で見た政策一覧では、近代的な政策を打ち出していたが、どれもこれもこの時代の合わない物ばかりだった。

 それを単純に知識だけで改正かいせいしようとするのが間違いだ。


「では、私はどうしたら……良かったというのだ」


「そんな事は知らない。お前が何をしたかったのか、私には分からないからな」


 話しがそれてしまったな。

 私達を襲った理由を……まさかな。


「まさかと思うが、オンディーナに反旗をひるがえすつもりだったのか?」


「そうだ……ユグドラ一派はオンディーナ国でも名うての冒険者だ、引き入れれば一矢報いっしむくいる事が出来ると、思ったのだ」


「一矢報いるだけで、負けるつもりだったのか。そんなだから全てが上手くいかないのだろうな」


 この様子だと、親書の内容は来る前から予想していたのだろう。

 だからずっとアミックに監視させていたのだな。

 通行料やぼったくられたのは、オンディーナからの流入を減らし、コミューンの情報が流れるのを防ぎたかったのだろうか。

 今となってはどうでもいい事だな。


 ああ、それでギルドの受付嬢は何も言ってこなかったのか。

 かなり広範囲に洗脳されているようだ。

 自分に不都合になりそうな人物を軒並のきなみ洗脳し、反対意見を封じてしまったのだな。

 遅かれ早かれ吸収される運命だったようだ。


「頼む! 助けてくれ!! 俺の代で終わらせるなんて嫌だ!!」


 足元にすがり付き、泣き顔で訴えてくる。

 この世界で30年、元の世界での年齢は知らないが、合計したら間違いなく年上だろう。

 30年もあれば、何度でもやり直す機会はあったはずだ。

 それを洗脳という手段しかもちいず、すべての意見を排除した結果がこれだ。


「ならばお得意の洗脳で、オンディーナ国王でも洗脳したらどうだ?」


「効かなかったんだ……何年も前から何度も試しているが、ダメだったんだ……」


 すでに実行済みだったか。

 しかし何年も前から? ブラスティーの操り人形になる前からという事か。

 だとしたらオンディーナ王家、いや現オンディーナ国王には何かあるのだろうか。

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