第2章 第10話 斧と魔法と私

「それではどうされますか? アセリア様を冒険者登録されますか?」


 今まで静観していたヘスティアさんが全員のお茶を入れ直し、食後のデザートであるクッキーを並べながら口を開いた。

 あーそっか、魔法ギルドは王都にしかないけど、冒険者ギルドはどの街でもあるからな。


「でも私、今の状態だと試験を受けても合格しませんし……」


 忘れてたけど、冒険者になるには試験を受ける必要があるんだったな。

 俺はメタクソに叩かれまくったけど、リアにそんな事をさせる訳にはいかん!!


「リアは私がしっかり鍛えてから―――」


「ご心配なさらず。ユグドラ様やルリ子様の弟子であれば、試験は免除できます」


 鍛えてから……え?


「試験、ないんですか? 私はひたすら叩かれて痛かったですよ?」


「もちろん特例でございます。ユグドラ様は現在、特・熟練冒険者であり、ルリ子様やバンチョウ様も同等の資格があると考えております。そのお弟子さんとあらば、特例の1つや2つ何とでもできます」


「それは便利な特例で「ダメです!」え?」


 リアが大声を出して両手でテーブルを叩いた。


「そんなズルはダメ! 私はきちんと訓練してから試験を受けます!」


 リアが……リアの目が燃えている!?

 ひょっとして試練があればあるほど燃えるタイプなのか!?

 でも正々堂々と挑みたいと思う気持ち、俺も分かるよ!


「よしリア! さっそく魔法の練習をしよう!」


「はい! お師匠様お願いします!」


 俺も燃えてきたー!




「弟子ついでに聞きたいんだがな、どうしてお前は斧を使うんだ?」


 ギルドを出て魔法の練習場所を探していると、アズベルが不思議な質問をしてきた。


「どうしてって、斧強いじゃん?」


「いや、まぁお前が使えば強いだろうが、普通は使わねーだろ、斧」


「だって1撃が超強力だし、簡単には壊れないし」


「だからな、あんなトップヘビーな武器を振り回したら、次の攻撃に移るまでに時間がかかるうえ、外したら体が持っていかれちまうだろう」


「だから体を鍛えて、武器に振り回されない体を作ればいいだろ?」


「それなんだが、冒険者に力自慢は居ても、筋肉達磨は居ない。力だけが強くても戦闘の役には立たないし、重い筋肉は素早い動きの邪魔になる。ついでに言うと、オーガ相手に力勝負を挑む奴は居ない」


 あれ? でもゲームでは定番だし、ファンタジー作品ではある意味定番の武器なんだけど。


「昔は斧を使う奴もいた。しかし剣を持つ戦士に対しての勝率が非常に低く、実戦でも障害物の破壊や攻城戦でしか使われなくなったんだ」


 9人全員で場所を探していたが、近くの公園で休憩する事にした。

 中央にブロックで囲われた池があり、ほとりのベンチでジョッキジュースを手にしている。


「私も気になっていたのよ。斧対策がほぼ完成されている現在、魔法使いでさえ初手をしのげば楽な相手だもの」


「その初手も早くないから簡単」


 魔法使いの2人、クリスティとエバンスも斧での戦闘に否定的だ。


「まーぶっちゃけぇ、斧よりもハンマーの方が危ないしねぇ~」


「斧で金属鎧は切り裂けねーけど、もっと重いハンマーは鎧ごと人を破壊すっかんな」


 戦士系の短刀使いのケンタウリと小型盾のアルファまで……。


「そんなに……弱い武器だったのか……」


「バンチョウのハルバードもそうだ。結局は普通の槍に落ち着いた」


 落ち込んでいる所をさらにアズベルが傷口をえぐってきた。


「お前たちの身体能力があってこその結果だ。普通の奴にはできない」


「だから俺に弟子を期待するのは無理、ってことかぁ~。なんでもっと早く教えてくれないかな」


「だってお前は強いじゃないか。それを否定する事は出来ない。今みたいに弟子を取る話しでも無きゃ言う必要が無いからな」


「……ごもっとも」


 まーこればっかりは悩んでてもどうしようもないな。

 気持ちを切り替えよう。


「よし切り替え完了! リア、この本を読める?」


「どれどれ?」


「切り替えはえーなお前!」


「俺は前向きに生きると心に決めている。でねリア、この本にはルーン文字が書かれてるんだけど、魔法を使うにはルーン文字を覚えないといけないんだ」


 大学ノート3冊分の厚さの本をバッグから取り出した。

 本の表紙はかすれた赤い革製で、表には金色で六芒星が描かれている。

 ページをめくるとルーン文字で書かれた説明文と、更にめくると第1グループの呪文が1ページごとに説明されている。


「これはルーン文字よね? 呪文の書にしては小さいし、魔法の入門書かしら」


「違う。1ページに1呪文なんて納めきれない。でも呪文の書。オイ、何だコレ」


 いつの間にか俺の前に来ていた魔法2人組が本を覗き込んでいた。


「呪文の書だよ。お前たちに説明するのはもっと後だから、しばらく黙ってて」


 大人しく口を閉じる2人。お? 素直だな。


「ごめん、読めない」


 俺とリアは体をくっつけて座り、足の間に呪文の書を置いて読んでいる。

 まぁルーン文字なんて魔法使いじゃないと知らないしね。


「魔法を使うにはルーン文字を覚えて“力の言葉”を発する必要があるんだ。例えばマシックアローだと『イス・ニード ペオーズ・オセル・ラド ユル・ラーグ・エオー・マン』といって、『安定した束縛は、思いがけない長所により遠方に突き進み、死と再生の弓は流れるように突き進み自分を助ける』って意味だね」


 リアの頭にはハテナマークが乱立しているようだ。

 そりゃそうだよな~、自分で行ってて意味わからんし。


「あの、マジックアロー?」


「そ、マジックアローの本来の呪文とその意味。だけど今はこっちじゃなくて簡易詠唱かんいえいしょうの方『イン・ポー・イレン』『発生・動かす・物質』を覚えて欲しいんだ」


「え? さっきの意味と全然違うよ?」


「うん、あんな長ったらしい呪文も意味も一々言ってられないからね、簡易詠唱はそれぞれの頭文字を取って作られたモノなんだ。今は簡易詠唱の方を覚えて、本格的な訓練に入ったらルーン文字の勉強をしながら意味を突き詰めていく。最終的には第8グループまで覚えて終わりかな」


「ま、魔法使いって大変……?」


「勉強・勉強・訓練・勉強、かな」


「が、がんばるね!」


 こうして俺の愛弟子の訓練が始まった。

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