第30話 少女J

「これは、一体何が起きたんだ」


 体を起こして自分の手を見る。

 ある。足もある。顔を触ると顔もある。

 灰色のローブではなく、青いローブと赤いマント、黄色い麦わら帽子をかぶっている。


「ユーさん! 良かった、本当に良かった!」


 アセリアさんが俺に抱き付いてくる。

 人工呼吸での緊急蘇生法、日本でもやれない人の方が多いのに、アセリアさんは的確にやっていた。

 いやまて、何かを忘れているな、何だったか……!


「アセリアさん! 解毒剤を、早く解毒剤を飲んでください! 私は毒を飲んで殺されたんです、急がないとアセリアさんの体にも毒が回ってしまいます!」


 急いでメニューのバッグから解毒ポーションを取り出してアセリアさんに渡す。

 しかしなぜか困った顔をしてポーションを受け取ってくれない。


「急いでください!」


 栓を抜いて飲ませようとすると、手で制止された。


「えっと、じつは私、毒が効かないんです」


「……え?」




 アセリアさんの話しでは、薬屋で薬の調合をしていると、各種解毒剤と共に各種毒物を吸い込むことが多いらしく、いつの間にか耐性が付いたらしい。

 薬屋には結構多いとか。


 思わず正座をして聞いていたが、毒無効化ですか、強スキルだ。

 アセリアさんは正座を出来ないので、足を崩した横すわりをしている。


 そして蘇生術に関しては奇抜な薬師くすし(医者)が取引先にいて、良く治療現場に引っ張り込まれて助手をやらされて覚えたらしい。


「腕は確かな先生なんですが、ちょっと斬新すぎる治療をするんです」


 なんだそりゃ、としか言えないが、色んな偶然が重なって俺は生き返る事が出来た。

 つまりこれは……運命の出会いだな!!


 アセリアさんの手を握ってお礼を言おう。


「ありがとうございます、アセリアさんは命の恩人です。こんなに、こんなに血だらけになってまで助けていただいて、本当にありがとうございます!」


 アセリアさんの顔には俺の血が沢山付いていた。

 マウス・トゥ・マウスで口の周りが、俺が咳をした時の血が顔中に飛び散っている。

 メニューのバッグから直接奇麗な布と水を取り出し、アセリアさんの顔に付いた血をふき取っていく。


 奇麗な顔が台無しだ。


「ところで一つ聞いても良いですか?」


 血をふき取り終わったから、気になっていた事を聞くことにした。


「なんでしょうか?」


「ユーさんって呼んでいましたが、私の事ですか?」


 血をふき取ったのに、見る見る顔が赤くなっていく。


「すっすみません! ユグドラさんの事ですが、私ったら焦っちゃって恋人になったら呼ぼうと思ってた名前を言ってしまって!」


「恋人……!?」


「ひゃぁぁ~~~! 忘れてくださいぃ~~~!!」


「いえ、あの、その呼び方で大丈夫です!」


「もーーー! いい加減に気づいてよ! ここにも命の恩人がいるんだからさ!」


 俺とアセリアさんの間に割って入った少女は、大声を出して暴れ始めた。


「気づけ気づけ気づけー!」


 何だこの子は、喋らなければ美少女なのに、これだけ暴れるとウザイ餓鬼だぞ。


「ごめんなさい、忘れてたわけじゃなくて、順番に話しをしていただけだから、ね?」


「む~、お姉さんがそう言うなら」


 アセリアさんの一言で大人しくなった! ビーストテイマーか!?


「じゃあ自己紹介しちゃうよ、私はたちばな宝石ジュエルっていうの。宝石ほうせきって書いてジュエルって読むんだよ」


「宝石と書いてジュエル? キラキラネームみたいだな」


「キラキラいうな! パパとママの『宝石みたいに輝いてほしい』っていう願いがこもってるんだから!」


「現代の日本人じゃあるまいし、って話しが通じてる!?」


「だから日本人だって! お兄さんと同じだよ!」


「はぁ!? マジかよ!」


「マジだよ!」


 衝撃的な事実を突きつけられ、俺は少々、いやとんでもなく混乱してしまった。

 俺以外にも日本人がいる? 異世界だぞ? いや、え? 日本人が2人も異世界転生したの?


「あーそっか、お兄さんのシステムじゃ分かんないんだね。今この国にはもう一人日本人が居て、その日本人の手先がお兄さんを殺したんだよ」


「日本人に殺された……? どうして? 俺の知ってる人なのか?」


「日本人の手先に殺されたんだってば。手先が先走って殺しちゃったの。本当は味方にするつもりだったんだけど、遺書のソツーができてなかったというかなんというか?」


「……意思の疎通?」


「知ってるよ! ソツーが出来てなかったから、指示をケッカイしちゃったんだね」


「……曲解?」


「し、知ってるってば!」


 中身は間違いなく小学生レベルだ。見た目通りで安心した。


「それで、宝石ジュエルはどうしてここに居るんだ?」


「そうそれ! やっと本題に入れたよ。私ビックリしたんだよお兄さん、お兄さんのHPがいきなり下がり始めるし、よく見れば毒状態だし! こりゃマジヤベー! ってんでピューったんだから」


「ピュー?」


「多分急いで来た、って事でしょうか」


「日本人の癖にそんな事も分かんないの? お姉さんの方が頭いいね」


 このクソ餓鬼……。


「頭いいけど、お姉さんも無茶するよね~、0.2%しか成功率ないのに、蘇生しようとしてるんだもん、正気か!? って思ったけど、確率変動させればいけるんじゃね? ってやったらいけちゃった! 私って凄いっしょ!」


 確率……変動?

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