第29話 しいん、どくさつ

 ここは……なんだ? ああ、これは見覚えがある。

 そうだ、死んだときのゲーム画面だ。

 白黒の世界で、俺は殺された自分の遺体の側でたたずんでいる。


 ゲームだったら運が良ければ野良ヒーラーが蘇生してくれたが、この世界にそんなものは存在しない。

 このボロボロで灰色のフード付きローブが、顔も手も足もない姿が、俺は幽霊だと嫌でも確認させられる。

 特殊なスキルを持つものなら俺が見えるだろうが、そうでなければ確認する方法はない。


 俺はこんな簡単に死んでしまったのか。

 油断しているつもりは無かったけど、こんな簡単に殺されるのなら油断していたんだな。

 しかも一緒に冒険していた相手に。


 悔しいという気持ちも湧かない。感情が薄れているのか? そういえば怒りも無ければ悲しくもない。

 ただ無念だと、灰色のローブを見ると感じられる。

 フードをかぶっているが顔は無く、足も手もない。ただローブがあるだけだ。


 それだけの……そんざい。


 ん、エリーナが居るな。まだいたのか。

 さらに数人が現れ、エリーナと一言二言話している。

 1人は俺の体を触り、死んだのを確認しているようだ。


 仲間がいたのか。

 そういえば『あの方』とか言ってたけど、大きな組織なのかな。

 そんな組織に命を狙われているのに気づかず、敵を信用してしまったのか。


 エリーナと数人が移動を開始し、俺の視界から消えた。

 俺は、どうしたらいいんだろう。

 行く当てもない、行きたい場所もない。


 永遠にこの場所で、死体が腐っていくのを眺めるのか?




 ただボーっと空を眺めていた。

 すると近くの草むらが揺れる、獣が匂いに釣られて来たのかな?

 そうか、腐るより食われるのが先だな。


 しかし草むらから現れたのはアセリアさんだった。

 アセリアさんは俺の遺体を見ると駆け寄り、俺の頭を膝にのせてほほを叩く。

 だめなんだアセリアさん、もう死んでるんだ。


 ごめん、ずっと一緒に居たいと思ってた、ずっと守りたいと思ってた。

 こんな形で、こんな姿を見せる事になって、ごめん。


 俺の口に指を突っ込み、しゃ物をきだし始める。

 ? なにをやっているんだろう。

 固形物が無くなると、今度は自分の服を破って口の中の血をふき取り始め、血が無くなると俺を地面に寝かせ、俺に口づけをした。


 何をしているんだ! 俺は毒で殺されたんだぞ! そんな事をしたらアセリアさんに毒が入ってしまう!

 誰にも見えず、誰にもさわれない幽霊の体で、必死にアセリアさんを引き離そうとする。

 お願いだ、めてくれ! せめてアセリアさんは生きてくれ!

 

 やっと口を離してくれる。ほっとしたのもつかの間、今度は俺の鎧を脱がせ、胸を両手で押し付け始める。

 これは、まさか人工呼吸か? この世界に、この時代に人工呼吸なんてあるのか?

 しかし間違いなく俺の胸部を強く圧迫あっぱくしている。

 そしてまた口づけを、マウス・トゥ・マウスを始める。


 詳しいやり方は知らない、でも昔動画で見た事がある。

 そのやり方と、ほぼ同じだと思う。

 でも無理だ、毒殺された俺に人工呼吸は成功しない。

 お願いだ、離れてくれ!!


 必死にアセリアさんを引き離そうとする無駄な行動は、意外な事で止める事になる。

 もう一人現れたのだ。


 その少女は輝く銀色の長い髪をもち、身長は130センチほどで黒い皮のジャケットと長ズボン、ブーツを身に着け、小さな鎖やアクセサリーを沢山付けている。

 とっても無邪気な幼い顔だ。


 その少女とアセリアさんが何かを話し、再びアセリアさんは人工呼吸を開始した。

 誰だか知らないがアセリアさんを止めてくれ、毒で苦しむ前に、早く街へ連れ戻ってくれ!

 

 それから数分間、アセリアさんは人工呼吸を続け、少女も何かをしている。

 少女の行動は分からない、しかし、既視感きしかんがある。

 そう、まるでゲームの画面を操作しているような……。


 急にき込んだ。

 なんだ? 幽霊になっても咳ってでるのか?

 大きく息を吸い、喉の痛みで、せきで肺に入っている異物を吐き出す。


 いつの間にか地面に倒れていた。

 ……違う、アセリアさんの顔が空に見える。ああ、そんなに泣かないで。


「お兄さんお兄さん、ボーっとしてる暇はないよ、早く解毒しないとすぐに死んじゃうよ?」


 死んじゃう? 何を言ってるんだ、俺は死んでる。


「ユグドラさん! 解毒剤です! 早く飲んでください!」


 アセリアさんの声が聞こえる……景色に色が付いている……まさか……俺は……。

 アセリアさんが持っていた小瓶を受け取り、口の中に流し込む。

 喉が痛い、咳と一緒に吐き出してしまいそうだ。

 何とかこらえて飲み込む。


 吐き気が無くなり、少し気分が楽になる。

 俺は、生き返った、のか?


「お兄さんお兄さん、まだまだ、このままだと小石につまづいただけでも死んじゃうよ」


 ああ、HPが0だ。丁度0なら生きてる。

 死んで無い、ってだけだが。

 焦点の定まらない目で何とかバッグの中を探し、ヒールポーションを取り出した。

 力が入らないから落としそうになったが、アセリアさんが支えてくれ、キャップを外してくれた。


 ゆっくり口の中に流し込み、ゆっくりと飲み込む。

 HPは半分まで回復し、俺の意識も徐々にはっきりしていく。

 俺は、生き返ったのだ。

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