第38話 蝶々

「[では、第1班と2班はここで留まる。それ以外は首都を目指すぞ]」

「[人員残していいの?]」

「[あぁ。放置して反旗を翻されても敵わんからな。攻め落としたあとは和平を結ばねばらならないし、その際に国民から負の感情を向けられている場合は色々と面倒だから、ケアしていくところはきちんとケアしていく]」

「[ふぅん、ちゃんと考えているのね]」

「[当たり前だろう?後始末まで責任を持ってするのが我が国の方針だからな]」

「[そうね、さすがだと思うわ]」


シオンの言葉に素直に感心する。シグバール国王の理念をきちんと汲んでこその言葉だろう。


(ままならないものね)


師匠とシグバール国王は早くに妻を亡くし、息子を独り手で育て、と似ている部分が多いがこんなにも国の行く末が違うものかと複雑な気持ちだ。


国を王として師匠もシグバール国王も、当時の私が見た限りでは有能で素晴らしい人物だったように思うが、家族として接するとなるとそれぞれ外部からは気づかないような様々なことがあったのだろう。


実際、自分も親の心子知らずとばかりに随分と自分本位な行動ばかり取っていたことを思い出されて身につまされる。


きっと姉に指摘されていなかったら未だに両親のことでモヤモヤしていたかもしれないし、そう思うと受け止め方がいかに大事かを考えさせられた。


「〈お前達、お前達のせいでぜんぶ……ぜんぶ、ぐちゃぐちゃだーーーー!!〉」


不意に子供の叫ぶ声が聞こえて振り返る。するとそこにはまだ幼さの残る少年が必死にこちらを睨みつけていた。


「[子供か?何と言ってる?]」

「[お前達のせいで全部ぐちゃぐちゃだって……]」


少年はぶるぶると身体を震わせながら、必死の形相でこちらを見る。足下を見れば裸足で、どこからか走ってきたのだろう、息が上がっているのか顔が赤く息も荒い。


すると後ろから追いかけてきたであろう兵がこちらに向かって駆けてくる。


「[王子!申し訳ありません、移動中に逃げ出しまして]」

「[気が抜けている。何かがあってからでは遅いのだぞ!?]」

「[はっ、申し訳ありません!来い、行くぞ!!]」

「〈やめろっ、離せっ!!!〉」


兵が連れていこうとするのを必死に抵抗する少年。恐らく、見た感じ貧民街のうちの1人だろう。見た目もぼろぼろなのもそうだが、だいぶやつれているように見えた。


「[ちょっと待ってちょうだい]」


私が声をかけると兵が足を止める。そして、私の背後のシオンに視線を向けて彼の指示を待っていた。


「[ステラ、何をする気だ。急ぐと言っただろう?]」

「[そうなんだけど、ちょっとだけ話をさせて]」

「[……少しだけだぞ。拘束は外すな。そのまま拘束は続けろ]」

「[はっ]」


兵に手間を取らせて申し訳ないと思いつつ、時間がないので手短に済ませようと私は少年にずずいと顔を近づけると口を開いた。


「〈貴方はモットー国が好き?〉」

「〈は?な、なんだよいきなり〉」

「〈ん?今回このようなことになってブライエ国に対して怒っているのでしょう?だから今のモットー国が好きなのかな、と思って〉」

「〈べ、別に、好きとか嫌いとかじゃない。おれにはここしか生きる場所がない。それなのに、こんなにめちゃくちゃにしやがって!〉」


大きく拳を振ろうとするも、兵に制されて身動きができずに暴れる少年。幼いからこその無鉄砲さに危うさを感じながらも、真っ直ぐ彼を見つめた。


「〈なら、帝国に飼い殺しにされているほうがよかった?〉」


酷く冷静に冷たく言った言葉に、はっ、と顔を上げたあと、ギュッと顔をしかめる。我ながら意地悪だとは思うが、言わずにはいられなかった。


「〈は?え?……な、だからそういうんじゃなくて!〉」

「〈そう?ごめんなさい、意地悪な質問だったわね。じゃあ、もっと暮らしやすい国になったらどう思う?〉」

「〈は?〉」

「〈今より暮らしやすい生活。食べ物もいっぱい食べられて、ちゃんとした家があって、勉強もできて、仕事もできる。そういう生活になったらどう思う?〉」


私の言葉に、だんだんと勢いがなくなっていく少年。何か思うところがあるのか、私の話にきちんと聞いてくれていることがわかる。


「〈そ、そりゃ、そんなことができたらいいと思うけど〉」

「〈でしょう?だから私達はそれを変えるために行動しているの〉」

「〈は!?このグチャグチャでそんな風に変えられるわけねーだろ!!〉」

「〈そうかな?……ねぇ、蝶々って知ってる?〉」

「〈何だよ、急にさっきから。おれをバカにしてるのか!それくらい知ってる!!〉」

「〈じゃあ、蝶々になる前。サナギの中がどうなっているか知ってる?〉」

「〈そ、そんなの見たことないからわかんねーよ!!〉」

「〈芋虫はね、サナギになって蝶々になるために一度身体を泥みたいにグチャグチャにするのよ〉」

「〈はぁ!?そ、そんなの嘘だろ!〉」

「〈嘘だと思うなら見てごらんなさい?……サナギの間はグチャグチャになって、頭も身体も足も全部なくなってただの物体になるのだけど、それでも数日経つとあの綺麗な蝶々として生まれ変わるの。だからね、この国も一度生まれ変わらねばならない。今まで溜め込んだ悪いものを全部吐き出して、ぐちゃぐちゃになってから生まれ変わるの〉」

「〈……そんなこと、できるわけ……〉」

「〈できるわ。だって、元々はとてもよい国だったもの。聞いてごらんなさい、大人に。先代の王の話を。きっといい国だったと言ってくれるわ〉」


(師匠がいた頃はもっと明るく活気があって、皆が笑い合っている国だった)


今でも思い出すあの風景。今の殺伐とした雰囲気とは違って賑やかで穏やかな国だった。戦争なんて他人事のような、訓練する意味があるのかと思うほどに平和な国だった。


「〈お前は知ってるのか?その時の国を〉」

「〈えぇ、よぉく知ってるわ〉」

「〈そもそもお前は一体なんなんだ!〉」

「〈先代の国王の弟子よ〉」

「〈え、で、弟子……?〉」


いよいよ「頭がおかしいのか、こいつ」という目で見られるも、にっこりと微笑む。そして、彼の頭を思いきり撫でた。


「〈今はまだわからないかもしれないけど、悪いようにはしないわ。今だって、拘束はすれど、危害を加えたりはしていないでしょう?〉」

「〈お、おう……〉」

「〈ブライエ国の人々はこの国を滅ぼそうとしてるんじゃない。元に戻すお手伝いをしてるだけ。もちろん、それにはモットー国の人々の助けも必要よ。だから貴方もできることがあれば積極的にこの国をよくするために手伝ってちょうだい〉」

「〈お、おれも?〉」

「〈もちろんよ。自分の国は自分達で作り上げるの〉」

「〈自分達で国を作り上げる……〉」

「[ステラ、もう時間だ]」

「〈あら、もう時間だから私は行かなくちゃ。もう、脱走したりしたらダメよ。あとこれ〉」

「〈な、何するんだよ!?〉」


傷んでぼろぼろな足に触れる。そして乙女の嗜みに入れておいた薬を塗り、包帯で彼の足を綺麗に巻き上げた。


「〈薬塗ったから、大人しくしてること〉」

「〈お、おぅ……〉」


少年は毒気を抜かれたかのように大人しくなる。その様子を見て、自己満足ではあるがちょっとホッとした。


「〈じゃあね〉」

「〈ん。国、絶対よくしろよ!?約束だからな!〉」

「〈えぇ、約束するわ!〉」


そう言って手を振る。すると少年も、おずおずといった様子ではあるが振り返し、大人しく兵と共に元の場所へと戻っていった。

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