第21話 形見

コンコン


ノックの音が聞こえて返事をすると「[ワシじゃ]」と声が聞こえる。すぐさま部屋のドアを開けるとそこにいたのはシグバール国王だった。


「[どうしたんです?]」

「[いや、届け物をな]」


そう言って見せられたのは棍だった。しかも年代物のようで、結構傷がついたり擦り切れたりしていた。


「[これは?]」

「[ラウルの形見だ]」

「[師匠の?]」

「[あぁ、まだ若いときはお互いにこれでよく打ち合いをしていた。たまたまここに置きっぱなしでな。使うやつがいたほうがいいだろうと思って持ってきたんだが……]」

「[ありがとうございます。ぜひ使わせていただきます]」


渡されるとズシッと重さがある。師匠がこれで鍛錬したり模擬戦をしたりしていたのだと思うと、なんだか感慨深かった。


「[あぁ、道具は使ってこそ生きるもの。きっとラウルも棍も喜ぶだろう]」

「[大切にします]」

「[いや、どんどん使え。そのほうがいい。大事にしようとするでない、躊躇いこそ命取りだ。それに、生半可で壊れる品物でもないから安心せい。この棍を切り出した木はかれこれ数千年ものの伝説の木でな。太くしっかりとしていて、作り手も武器職人として名を馳せた人物の作品だからな]」

「[わかりました。では、遠慮なく使わせていただきます]」


(明日早速持っていこう)


手頃な武器がほとんど流されてしまったため、ちょうどよかった。扱える武器は多ければ多いほどいい、というのが持論なので、一番馴染みのある棍が手に入ったのは喜ばしい。


「[ところで、嬢ちゃんは何をやってたんだ?]」

「[武器の作成です。今は連弩の矢を作っておりました]」

「[レンド?]」

「[えぇ、飛び道具ですよ。見てみます?]」

「[あぁ、ちょっと失礼させていただこうかな]」


そう言って申し訳なさそうに私の部屋に入ってくるシグバール国王。居心地が悪いのか、国王だというのになんだか肩身が狭そうだった。


「[どうしました?]」

「[あー、いや。女性の部屋というのは落ち着かんでな]」

「[女性というほどのものではありませんが]」


実際女性らしいものは全然ない。しいて言うなら服くらいか。


明日に備えて武器や防具など色々なもののメンテナンスや製作で雑多としているため、女性らしさの欠片もない部屋であった。


「[何を言う。だいぶ見違えたぞ?いや、今のは失言か。元々じゃじゃ馬だが可愛らしいとは思っていたが、まさかこんなに美しく成長するとは思わなんだ]」

「[シグバール国王もお世辞を言うんですね]」

「[世辞ではないんだが、世辞に聞こえるか?]」

「[えぇ、まぁ]」


私が素直に頷くと、シグバール国王は苦笑しながら頭を掻いた。


「[参ったな、それでは数十年経っても変わらずということか]」

「[と言いますと?]」

「[以前妻にもそのように言われたことがあってな]」

「[王妃さまに?]」


意外なことであるのと、その話が詳しく聞きたくて椅子を促すと、そこへ腰掛けるシグバール国王。私もベッドへ腰掛けると、「[まだあいつが生きてた頃の話だが]」とシグバール国王が話し始めた。


「[ワシはどうも褒め慣れていないようで、ナムシャ……妻のことを褒めるたびに世辞はいいとよく言われたものだ]」

「[そうなんですか?ちなみにどのようなことをお褒めに?]」

「[うん?……そうだな、いつにも増して美しいだの、ことさら声が美しく聞こえるだの、手がかかる兄弟を育てているというのに穏やかで美しいままだとか、そう言ったことだな]」


思いもよらぬ言葉が次々に出てきて、こちらが赤面しそうになる。見た目は堅物そうなシグバール国王の口からこのような言葉が出るとは思わなくて、つい口元を手で覆う。


(でも、確かに言われてみたら乗馬したときも満天の星空を見せてくれたし、元々そういう方だったのね)


「[シグバール国王って結構ロマンチストですね?]」

「[それもよく言われた。そんなに他の男と変わっているだろうか?]」

「[いえ、とてもよいことだと。それにきっと王妃さまのお言葉は照れ隠しだと思いますよ]」

「[そうなのか?]」

「[えぇ、きっと。好きな男性からそのように言われて喜ばぬ女性はいないと思います]」

「[そうか、そうだったらいいな]」


そう言いながら遠くを見つめるシグバール国王。その瞳が切なげで、あぁ、王妃さまを未だにとても愛していらっしゃるのだと思った。


「[すまない、つい喋りすぎたな。明日が出立だというのに]」

「[いえ、色々聞けてよかったです。またお話聞きたいので、戻ったらぜひ色々とお話を聞かせてください]」

「[ふっ、まだワシに死ぬなと言うか。まぁ、まだあやつら2人は頼りないからな。老いぼれも頑張るとするか]」


目を細めて笑うシグバール国王に、私もニッコリと微笑んだ。


「[そういえば、セツナさんから連絡来ました?]」

「[あぁ、今読み取って情報のピックアップをしてるところだ。じきにまとまったら声をかけよう]」

「[ありがとうございます]」

「[では、またあとでな]」

「[はい]」


シグバール国王を見送り、棍を見つめる。


(師匠がいれば百人力ね)


ギュッと根を握ると、私は祈るように目を閉じた。

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