第7話 惚気と絶望
「〈お話、終わった?〉」
「〈えぇ、終わったわ。1人で待たせちゃってごめんなさいね〉」
「〈ううん。慣れてるから、大丈夫〉」
慣れてる、という言葉にキュッと胸が詰まる。彼女の今までの生い立ちのことを想うと、胸が締めつけられた。
私も人に比べて波乱万丈な人生を歩んでいる自覚はあるが、身内から命を狙われるというもは想像を絶することだ。
しかもその環境を救ってくれた師匠もいない状態で、今はとても心細いだろう。私は、彼女が少しでも心が軽くなればとギュッと抱き締めた。
「〈ステラ?〉」
「〈ちょっと疲れちゃったから、メリッサのこと抱きしめさせて。いい?〉」
「〈うん、いいけど。……お母さんってこんな感じだったのかなぁ〉」
(お母さん、か)
母から抱きしめられたことを思い出す。母の匂い、温もり、それは何ものにも変えられないものだった。それを感じたことのないメリッサにとって、母という存在がどんなものか想像すらできないのだろう。
「〈きっと、メリッサのお母さまが御存命だったら……きっとこうして貴女のことを抱きしめていたと思うわ〉」
「〈そうなの?〉」
「〈えぇ〉」
メリッサの言葉に頷くと、何かを考え込むように彼女は口籠った。母という存在が縁遠かった彼女にとってはなかなか想像するのも難しいのかもしれない。
「〈なんだかむず痒い気もするけど、胸がドキドキする……〉」
「〈嫌な感じ?〉」
「〈ううん。こうしてギュッてされることなんて今までなかったから、うまく言えないけど嬉しいと思う〉」
「〈そう?じゃあおまけしちゃおうかしら〉」
「〈おまけ?〉」
「〈えぇ、おまけ〉」
そう言ってメリッサをくすぐると、今までくすぐられたことがなかったらしいメリッサはビクッと身体を震わせたあと、大きくよじった。
「〈きゃあ!ふふふふ、あはははは!ステラ!ちょっ、と、ははははは……っ!!〉」
「〈くすぐられるの初めてでしょう?〉」
「〈初めて!や、……っはははは、く、ふふふふ……っもぉ、やめ……っ〉」
「〈そんなに反応されると、くすぐりがいがあるわね〉」
くすぐりの手を止めると、メリッサがくったりとしてこちらを恨めしそうな目で見ていた。
「〈……はぁ、死ぬかと思った〉」
「〈ふふふ、そう簡単には人は死なないわよ〉」
再びギュッと抱きしめると、メリッサの身体がちょっと強張る。どうやらまた私がくすぐろうとしてるのではないかと身構えたようだった。
「〈もうくすぐらないわよ〉」
「〈ならいいけど〉」
「〈でも、こうして笑うのもいいものよ?〉」
「〈たまになら、いいけど……〉」
「〈じゃあもう1回する?〉」
「〈今はもういい!〉」
すぐさま振られてしまって思わず笑う。相当くすぐりに弱いようだ。
「〈ところでステラ、その髪……〉」
「〈あぁ、似合う?〉」
「〈似合ってるけど……っ、ねぇ、私ステラの髪整えようか?〉」
「〈できるの?〉」
「〈うん。じーちゃんの髪も私が切ってたし〉」
「〈そう?じゃあお願いしようかしら〉」
メリッサが私に気を遣ってくれたことはわかった。先程の謁見時もそうだが、ここの人達もわざと私の髪を指摘しない辺り紳士だと思う。
まさかセツナからも指摘されないとは思わなかったが、軽薄で軟派な人な印象ではあるものの、ある程度女性の扱いは心得ているからそういう無粋な真似はしないのかもしれない。
「〈あとさぁ……〉」
「〈ん?何?〉」
私の背後で髪を切りながらメリッサが何か言いたそうにしているが、私は動くことができないので彼女が話し始めるのを待つ。
「〈ステラの好きな人って……あの大きい男の人?〉」
「〈そうよ。恐かった?〉」
「〈恐くはないけど、ちょっとおじさんでびっくりはした。ヒューベルトさんよりも素敵な人なの?〉」
(結構直球なことを聞いてくるのね……)
「〈そうね、私には素敵な人だと思うわ〉」
「〈例えば?〉」
「〈例えば?うーん、見た目もかっこいいけど、優しいし、気遣ってくれるし、ちょっと気弱なところはあるけど、いざというときは頼りになるというか……〉」
「〈ふぅん、そうなんだ。でもヒューベルトさんのほうがかっこいいと思うけど〉」
「〈そんなことないわよ。ケリー様はあの真っ黒いしっかりとした髪とか堀の深い顔とか笑うとふにゃっとして可愛らしいとことかいっぱいあるのよ!身体もこう、大きくて包容力があって〉」
「〈へぇ、だってよ?ヴァンデッダさん〉」
「え!?」
不意に男の声が聞こえて慌ててそちらを向けば、そこにはセツナとクエリーシェルがいた。
「何でいるの!?」
「いやぁ、さっきからノックしてたけど返事ないから開けてみりゃあ、惚気てるなぁと」
さっきの会話を丸々聞かれていたことに気づいて、頭が真っ白になる。そして抗議しようと椅子から立とうとするが、まだ散髪中であることに気づいて再び腰を下ろす。
てか、なぜクエリーシェルまで顔が赤いんだ。私さっきモットー語で話したよね!?と思っていると、それを察したらしいセツナが「通訳もバッチリしといたぜ!」と満面の笑みを浮かべていた。
「信じられない!あーもーーーーー!!やだーーーーーー!!!」
発狂する私の声がメリッサの部屋中に響きわたるのであった。
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