第28話 別れ

「〈うがぁあああ!!〉」

「〈ぎゃあああ〉」


さすがにスリングショットは慣れたもので、相手の弓兵を次々に倒していく。致命傷とまではいかないが、一時的な怯ませには役立つだろう。


その隙に師匠の周りの敵に突っ込んでいくメリッサの元へと向かう。


彼女はまるで獣のように、師匠の周りにいる敵に飛びかかっていく。さすがの兵士達もこのようなタイプの戦闘に相対することがなかったのだろう、まるで奇怪なものに遭遇したかのように狼狽え、腰がひけていた。


「〈メリッサ!〉」

「〈うぅうううううう、わぁあああああああ!!!!!〉」


まるで咆哮のように叫びながら、次々と兵士に飛びかかっては短剣で斬りつけていく。


だが、さすがに多勢に無勢であるし、相手は子供だ。ひょいっと首根っこを掴まれてしまうと、ジタバタと手足をバタつかせるしかできなかった。


「〈こンのクソ餓鬼ぃぃぃ!よくもやりやがったなぁああ!?〉」

「〈離せぇっ……っ!よくもじーちゃんを!今すぐ八つ裂きにしてやる!!!!〉」


さすがのメリッサも、掴まれてしまったあとは暴れるだけでどうしようもないようだった。


「〈殺害許可が出てる!早くこいつを殺せ!!〉」

「〈あぁ、でも暴れまわっているせいで……っ!〉」

「させるか!!!」


私は転がっている兵士の剣を掴むと、そのまま兵士に投げつける。剣はメリッサを掴んでいた肩に刺さると、「〈うぎゃああああ!〉」と絶叫が響いた。


それと同時にメリッサが兵士の手から離れて、すぐさま先程まで掴んでいたやつの喉元を斬り裂く。そして残ったやつは後退ると、そのまま慌てて逃げ出した。


逃げ出す兵士を深追いしようとするメリッサの首根っこを掴み、慌てて引き留める。なおも「〈あいつらを……っ!あいつらぁぁああ〉」と泣きながら暴れるメリッサを抱き締める。


「〈これ以上やったら、貴女が死ぬわ!師匠はそんなことを望んでない!!何のために貴女を生かそうとしたのか考えなさい!!〉」


ぎゅううううう、と力一杯抱き締める。腕の中でジタバタ暴れていたメリッサに力が段々と抜け、収まっていく。


「〈……メリ、ッサ……っ〉」

「〈じーちゃん!!〉」


遠くから微かに呼ぶ師匠の声。それに呼応するようにすぐさま飛んでいくメリッサ。どうやら、まだ息があったようだ。


「〈メリッサ……早く逃げなさい。連中は必ずさらに人数を連れて戻ってくる〉」

「〈でも!じーちゃんを置いていくなんてできない……〉」

「〈ワシはもう無理じゃ。もう……喋るのも、やっとだからのう……っ。ステラ、お主ならわかるな?〉」

「〈えぇ……〉」


実際、師匠の傷は致命傷だった。傷口を押さえていても、次から次に血が溢れ出してしまっている。このままいったら確実に失血死だ。


病院に運ぶにも、今の連中が先に私達のことを伝達してしまうことを考えるとリスクでしかない。ここにあるもので処置するというのも、さすがの私には手に余ることだった。


「〈何で、どうして……っ!!じーちゃんはまだ生きてるのにぃぃ!!〉」

「〈メリッサもわかっているだろう?そなたは賢い子じゃ。ワシの自慢の孫じゃ。だからな、メリッサ、お前は生きてワシのぶん生きてくれ。こんなとこで死んではならぬ〉」


師匠の言葉に、姉の言葉が重なる。だが、それは呪いの言葉ではなく、希望なのだと今ならわかる。


「〈メリッサ、行くわよ〉」

「〈じーちゃんを置いてはいけない!!〉」

「〈師匠を連れてはいけないわ〉」

「〈何で!!何で何で何でなん……っ〉」


暴れ出し、壊れてしまったかのように同じ言葉を繰り返す彼女の頚動脈を押さえて失神させる。今、私にできることはこれくらいしかなかった。


「〈ステラ、お主には業を背負わせてしまってすまぬのう〉」

「〈いいのよ、私は……慣れてるから〉」


もう毎度感傷に浸るほど私は弱くない。強くあらねば、とそう決めたのだから。


「〈そうか。ありがとう……〉」

「〈どういたしまして〉」


目の前で師匠のこときれるのがわかった。最期の言葉が聞こえたかはわからないが、表情はとても穏やかなものだった。


グイッと滲んでいた涙を腕で拭う。そして、血に塗れた手を彼の服で拭ったあと、メリッサを抱えてヒューベルトのところへ戻った。


「行きましょう、すぐに追手が来ます」

「わかりました。……リーシェさん」

「大丈夫です。修羅場は何度もくぐってますから。これくらいで折れるほど、ヤワじゃないです」

「そうですか」


未だに心配そうに見つめてくるヒューベルトだが、私は気づかないフリをしてメリッサを乗せたあとに馬に乗る。


「さようなら、師匠」


そう背後に言うと、私は馬を走らせたのだった。

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