第26話 生きること
「お疲れ様です」
「え、ヒューベルトさん、まだ起きてたんですか!?」
ひとしきり泣いたあと、後片付けも終わり自室へと戻れば、自室前にヒューベルトさんがいた。まさかいるとは思わず面食らってしまいつつ、恐らく赤らんでいるであろう目元を隠しながら「何かご用ですか?」と尋ねる。
「はい。明日のことでご相談が」
「あ、でしたらここで立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「申し訳ありません、女性のお部屋にお邪魔するなど……。失礼します」
ただ寝るためだけの部屋なため、大したスペースはないので、ベッドに腰掛けてもらおうとしたのだが、「さすがにそれは……」と辞退された。
真面目はもちろんのこと、とても紳士的だと思う。クエリーシェルも朴念仁だとは思うが、それとはまた違った要素を含んだ堅物と言えるだろう。
「それで、どうされました?」
「……色々とよく考えたのですが、俺は足手まといにならないかと思いまして。もし、リーシェさんが責任感などを含めて俺のことを考えてくれているのでしたら、その考えは捨て、いざとなったら切り捨てて構わないとそう伝えたくて」
しっかりと強い瞳で見据えられ、いつものように軽口を叩いて躱そうとしたが、やめておいた。
きっと彼なりに色々と考えたからこそ、こうして伝えてくれたのだろう。だったら私もその誠意に答えねばならない。
「足手まといかどうかで言ったら、そうかもしれません。ですが、ヒューベルトさんがいなくなってしまった場合、女子供2人の旅路になります。そして、私だけでなくメリッサもこの国で指名手配されてしまっている今、もしヒューベルトさんがいないと正直この旅路は詰みます」
「え、っと……リーシェさんだけでなく、メリッサちゃんも狙われているのですか?」
「あまり大きな声では言えませんが、元国王の隠し子だそうで。色々と不都合な存在のようなのです。ですから、彼女をこの国から連れていくよう師匠から言づかっていたんです」
「そう、だったんですか……」
「隠すつもりはありませんでしたが、必然的に隠すことになってしまってすみません。ですが、もし万が一私に何かあった場合、最後の要はヒューベルトさんだけになります。ですから、どうか切り捨てられることを考えずに前向きに生きることだけを考えていただきたいです」
「リーシェさん……」
これは、飾ることない本音だ。私だけでこの旅路は正直厳しい。確かに、やむを得ない状況によって切り捨てなければならない場面は出てくるかもしれない。
だが、できるだけそのような事態は避けるのはもちろん、意地でも生き抜くという気概は欲しかった。それは私も同様、諦めずに死ぬ前に一矢報いるくらいの気概で臨むつもりである。
「諦めることは簡単ですが、つらくても苦しくても、生きることに意味があると、そう思っています。過去、私は現在に至るまで何度も死を覚悟し、生きることを諦めようとしたことがありました。ですが、姉から生きて生きて人生を全うしてから死になさいという言葉によって、死ぬ選択はできませんでした。その言葉は呪いのように私を
姉からの遺言。
かつての私は大往生を目指してただ時が経つのをジッと待っていた。死ぬことを待ちわびて、何も考えず感じず、ただそこにあるだけの存在だった。
だが、クエリーシェルと出会って、紆余曲折あって、本来の意味の「生きること」を知った。
これは姉に言われたからではない。自分の気持ちの変化によって生じた想いだ。
だからこそ、姉の言葉を言い訳にするのではなく、自分の意思で生きることを選択したいと思った。そして、今度こそ幸せになりたいのだとそう思ったのだ。
自分だけでなく、関わった人全て。そして、その周りの人も全て。
「生きることには困難がつきものです。ですが、死んでしまったら、もうそこでおしまいなのです。だから、最期まで私は足掻きます。みんなが幸せに暮らせるように、私が幸せになれるように。私は貪欲ですから、そのためにはヒューベルトさんの力が必要です。だから、どうかヒューベルトさんも持てる力を全て使ってでも生きること、私達を守ってください」
私だけでは足りない。例え片腕だけだったとしても、彼の力は必要だった。
「申し訳ありませんでした」
「え?」
「こんな世迷言を申し上げてしまって。そうですね、先程ご老人とも約束をしたというのに、俺は……。わかりました、例え命尽きかけたとしても、死ぬ淵から蘇るよう尽力いたしましょう」
「えぇ、そうしてください。そう簡単には逝かせませんから。引き摺ってでも今世に残っていただきますよ」
「相変わらず手厳しいですね」
ふ、と和らいだヒューベルトの顔。どうやら色々と吹っ切れてくれたらしい。まだ悩むこともあるだろうが、それはそれ。今後また話し合っていけばいいことだ。
「夜分遅くに失礼しました。明朝は早いというのに」
「そうですよー!ちゃんと起きてくださいね。今日は色々とお疲れさまでした。では、また明日」
「えぇ、また明日。おやすみなさい」
「おやすみなさい、ヒューベルトさん」
パタン、と扉を閉めたあと、ぼふんと布団に沈み込む。
(いよいよ明日出発)
寂しい気持ちやら不安な気持ちがないと言ったら嘘になる。だが、私には課せられた使命があるし、私にしかできないこともたくさんあった。
クエリーシェルからもらった腕輪を眺める。ところどころ傷つき、多少歪んでしまったものの、きちんと磨いていたからか色つきもなく、灯台の光に反射して綺麗な輝きを放っていた。
(どうか、無事にケリー様のところにつけますように)
祈るように腕輪に口づける。祈りが届くかはわからないが、加護があればいいな、と思いながら眠りにつくのだった。
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