第15話 選択
「〈強くする?どういうことじゃ〉」
「〈出立まで腕を上げたい。このままだと私自身が戦力としてまだ足りないから〉」
「〈……確かに、メリッサと怪我人を抱えてとなると厳しい部分はあるかのう。わかった、ただしワシは厳しいぞ?〉」
「〈ふふ、わかってるわよ。昔だってなんだかんだ言いつつもビシバシ教えてくれたものね〉」
弟子なんて取らないし、まとわりつかれても困る、という師匠にくっついて無理矢理気功術やら近接武闘やらを教えてもらったことが懐かしい。
あの頃はまさかこんな役に立つとは思わなかったから、人生何があるかわからないと切実に思う。
「〈とりあえずワシは支度を進めておく。この者と次会うときは出立のときじゃ。だから話しておくならしっかり話しあっておきなさい〉」
そう言うと師匠は気を遣って部屋を出てくれる。私は、近くにある椅子を引っ張ってくるとヒューベルトの近くに腰掛けた。
「お話はどういった……?」
モットーの言葉がわからないとはいえ、自分のことを話しているのだと悟ったのだろう。多少気まずそうな表情で尋ねられる。
「ヒューベルトさんの今後とか、ですね。実は、今いるここはモットーでして。あのあと海に投げ出されてからここまで漂流してきたそうなんです」
「そうだったんですか……。まさかモットー国に」
起きたらこの状況で、言葉もわからぬままにずっと苦しんでいたのだろう。きっと心細かったに違いない。
伝染病の可能性もあるから、と私から隔離していたそうだが、知らぬ人だらけで腕までなくし、たった1人で葛藤していたと思うと胸が苦しい。
それを言うと、きっとヒューベルトは覚悟してきたのだから気にしないでくれ、と言いそうだが。
「先程のおじいさんは私の気功術の師匠で、以前この国に来た際に面識のある御仁ですのでご安心を。ただ、私が帝国から狙われているのもあって、ここに長居することはできません」
「そうですね」
「ですから、私としては一緒にブライエを目指すつもりでしたが、ヒューベルトさんはどうしたいですか?」
あえて私は、一緒に来て欲しいと思っているということは言わなかった。もし言ってしまったら、ヒューベルトのことだ私の意見を尊重するに違いない。
であれば、私の意志を介入させずに彼の意志を確認したかった。そして、私自身が彼の選択を受け入れたかった。
「俺は……、足手まといかもしれませんが、ここにいるよりもリーシェさんと一緒に行きたいです」
そう言ってもらえて、ちょっと安堵する。そして、やはり私が頑張らねばと奮起した。
「でしたら、早く体調を戻さねばですね。熱はだいぶ下がってきたと聞きましたが、どこか痛いだとか具合が悪いだとかはありますか?」
「そうですね。まだだいぶ熱っぽくて火照った感じはしますが、以前に比べたらだいぶマシになってきました。あとは……そうですね、多少身体に痒みが出ているのと、腕がまだあるような気がしているくらいですか……」
「腕が……?」
「えぇ、にわかに信じられない話だとは思いますが、不思議と感覚があるのです」
確かに聞いたことがある。ないはずのものの感覚が残っていると。自分には経験がないことだからヒューベルトの感情はわからないが、複雑であることは間違いないだろう。
「私がヒューベルトさんの腕になります」
「え?」
「私では腕の代わりになれるほど技術がありませんが、それでも。だから早く治してください。ヒューベルトさんの体調回復を待ってから出立します」
「わかりました。では、1日でも早く快復できるよう努力を……」
長くここに留まれないと言ったからだろう、どう見ても無理をしそうなヒューベルトに釘を刺す。
「いえ、まずはしっかりと体調を整えることです。出先で高熱が出たり、動けなくなったりしたら大変ですからね。だから、ヒューベルトさんは静養が宿題です。いいですか?」
「わかりました」
苦笑まじりのヒューベルト。私がそれまでに出立の用意をしておくと伝えると、頭を下げようとするのを慌てて制す。
「こらこら、そういうのはいいですから。まずは治す、体力をつける!いいですね?ブライエまでの道中はたくさんこき使いますからね」
「そうですね。では、お役に立てるように1日でも早く治るように頑張ります」
「頑張りすぎてはダメですが、お願いします」
そう言いながら私が笑うと、ヒューベルトもつられて笑ってくれるのだった。
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