マーラの物語7
「【何をやっているんだい?】」
不意に、低くて芯の通った声が聞こえて顔を上げる。すると、この国の王であるブランシェ国王がそこにいた。
「【いえ、ちょっとこの子が迷子になったみたいでして……】」
「【であれば、もっと丁重に扱ってもらわねば困るな。彼女は我が国の救世主であり、未来の国母にもなるかもしれない人の友人だぞ。そもそも、女性の扱いがなっていない。貴様、所属はどこだ?】」
国王が衛兵に詰問されているのをぼんやりと見る。内容はまだそこまではっきりとはわからないものの、彼がワタクシを助けてくれたのだけはわかった。
「大丈夫かい?」
不意に話しかけられてそちらを見ると、優しい顔をしたブランシェ国王がワタクシの顔を覗き込んでいた。
あまりの不意打ちで思わず「ひゃあ!」と間抜けな声を出せば、ブランシェ国王はびっくりとした表情をしたあとクツクツと笑い出した。
「おや、失敬。不躾でしたね。もうご安心ください、先程の者は退去させましたので」
「あ、ありがとうございます。とても助かりました……。あと、すみません、ワタクシ……」
確かに、周りを見回しても先程の衛兵はここにおらず、ホッとする。すると、安堵したせいか、盛大に「ぐぅうううう」と腹の音が響き渡る。
「……お夜食を用意させましょう。もしよければ、ですが」
「お願い致します……」
蚊の鳴くような声で、恥入りながら申し出れば、ふっとブランシェ国王は優しい微笑みを浮かべるのであった。
「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
用意された目の前の料理に思わず生唾を飲み込む。
「あの、いいんでしょうか?」
「?キミに用意させたものだから好きなだけどうぞ」
「ありがとうございます。い、いただきます」
先程からそんなに離れてはいない場所が空き部屋となっているようで、その小さな部屋に2人で向かい合うように座っている。
机には夜更けだというのに、温かい料理が並んでいて、わざわざこんな時間にワタクシのために用意していただいたと思うと恐縮してしまう。
そっと手に取れば、ふわっと美味しい香りが鼻腔をくすぐり、思わず顔が綻ぶ。それを見ていたのか、ブランシェ国王が同調するように表情を和らげた。
「遠慮なくどうぞ」
「あの、えぇ、それはとてもありがたいのですけど。もしよければ、ブランシェ国王もご一緒にいかがですか?ワタクシだけだとなんだか味気ないので……」
本当は自分だけが食べるのが躊躇われたからなのだが、ちょっと殊勝な言い方をすると、面食らったような表情をされる。
(ステラといるときもそうだけど、この方は表情豊かだと思う)
クエリーシェル様はステラといるときといないときで多少表情やら態度が変わるのに対して、ブランシェ国王はそう言ったことはなく、誰に対してもフランクな印象だった。
「そうかい?じゃあ、せっかくだし、お
言いながらワタクシが気遣わないようにするためか、すぐさま手に取った食事をぱくりと食べる。その姿がなんとなく可愛らしく見えてきて、不思議な気持ちだ。
「僕の顔に何かついてるかな?」
「あ、いえ!そういうわけでは……っ」
指摘されたことが恥ずかしくて、慌てて手に取ったパンをパクリと食べる。
外はカリカリで中はもっちりとしていて、初めて食べるパンの食感、さらには小麦の芳ばしい香りとバターたっぷりの濃厚な味に思わず破顔してしまった。
「どう?美味しいかい?」
「えぇ、とても!」
「それはよかった。では、明朝の食事にも出そう。きっと料理番達も喜ぶよ」
ニコニコと微笑まれて、自然とワタクシも嬉しくなってくる。そもそも空腹だったからか、こうして秘密裏に食べているからか、普段の食事よりもさらに美味しく感じられた。
「僕はこのスープも大好きでね。寝る前に飲むと身体が温まって寝易くなるからオススメだよ」
「そうなんですね」
「はは、ステラといい、キミといい、随分と食事が好きなんだね」
「あの、ワタクシはマーラと申します」
なぜ、自分から名乗ったのか自分でもよくわからなかった。けれど、「キミ」と言われることにどこか違和感を覚えて、ついそんなことを口走ってしまった。
「あぁ、失敬したね。マーラ……と呼んでいいかね?」
「はい。そう呼んでいただければ、幸いです」
名前を呼ばれてなぜだか少し嬉しくなる。
(いけないいけない。この方はステラと結婚するというのに。そもそもワタクシはクエリーシェル様の追ってここまで来たというのに)
そう思いながらも、なぜかこの空間がとても心地よかった。
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