マーラの物語3
「随分とまぁ、拗らせてるようね」
「あの……」
アーシャ様が何の話をしているのか理解できない。わからないながらも、母と仲が悪いことだけはわかった。
とりあえず母の先程のことを弁解しようとアーシャ様を見ながらおずおずと声を出すと、アーシャ様はワタクシのほうを見て、額を押さえながら、はぁ、と小さく溜め息をついた。
「いえ、こちらの話よ。さて、マーラ。貴女はどうしたいの?」
「どう……、したい、ですか?どうしたい、とはどういう……?」
アーシャ様の言葉が理解できない。言ってる言葉は認識できたが、真意が理解できなかった。
「そのままの意味よ。貴女のお母様とお父様のことは考えずに、自分の意見で今後どう生きていきたいかを言ってちょうだい」
「ワタクシは……」
突然聞かれて、困惑する。
「どう生きたいか」
この疑問は、ワタクシにとって非常に難解な問題だった。
今まで生きてきて、両親の言葉が全てであった。今こうして隠れて本を読んでいたのも、両親の言いつけを守るために隠していたのであって、別に彼らに逆らうつもりはなかった。
だが、もし両親の制限がなかったら?ワタクシは一体何がしたいのか、そう考えたときにふと脳裏によぎったのは知識を得たいということだった。
知らないを知りたい。
知らないをなくしたい。
ワタクシは例え女だとしても、学がいらないと言われたとしても、ただ受け身でいるだけの自分でいるのは嫌だった。
何もしない、していないことをできない言い訳にしたくなかった。
「もっと、何でも知りたいですわ。ワタクシは、知らないことが多すぎるから、もっとたくさん、知っていることを増やしたいです」
「そう、……それが貴女の本心ということね。いいでしょう、賢い子は好きよ。もちろん、賢くなりたいと願うこともね」
アーシャ様が同性でもうっとりするような、綺麗に口元に弧を描いた笑みを浮かべる。
「しばらく、貴女を私預かりとするわ。それで図書館へ自由に出入りできるようになると思うわ。カルーは知ってる?」
「はい。知っておりますわ」
「そう、なら話は早いわね。彼女があの図書館の司書だから、わからないことがあれば何でも聞きなさい?もちろん、私に聞いても構わないけど。……せっかくだし、視野を広げるためにも他国についても学ぶことをオススメするわ」
「他国、ですか……」
自国のこともまだ満足に知らないというのに、ワタクシはそんなに学べるだろうか、と多少不安にもなったが、それと同じくらいに興味があった。
カジェ国と違った国。
今まで自国から出ていない自分としては他にどんな国があって、どういう違いがあるのか知りたかった。
「人生は勉強の連続よ?無駄な知識はない。だから、知りたいだけ知ることが大事。知らなくて損することはあっても、知っていて損することはないわ」
なるほど、と納得する。確かに、知識を知っていたとしてもそれを利用するかどうかは本人に委ねられる。
知らなかったらできない。だが、知っていたらできる、またはできるけどしないの2つの選択肢が生まれることに気づいた。
「マーラは賢い子だからわかるわよね」
「はい」
「いいお返事。……ただし、あまりハメは外しすぎないこと。痛みを理解するためにどれだけ落ちても人は大丈夫か、とか、毒キノコかどうかの確認だとかそう言ったものには手を出さないでちょうだいね」
「は、はい。わかりましたわ」
やけに具体的に釘を刺されるな、と思いながらも頷く。さすがにワタクシでもそんな無茶はしない自信があるというか、そもそもそんなことをする人がいるのだろうか。
「いい子ね。私もできることがあれば協力するわ。だから、何かあれば何でも言ってちょうだい。……頑張ってね」
初めて人から自らのことを褒められたことに気づいて、ワタクシは密かにはにかむ。両親を言いつけを守ったからではなく、自分の行いを褒められたことが嬉しくて、その日は眠るのに時間がかかってしまったのだった。
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