第94話 おあずけ

あれから、あてがわれた部屋に戻ってきた。今回の功労賞ということで、クエリーシェルもこの部屋に出入りが認められたので、現在お互いベッドに座りながら久々の逢引中だ。


「だいぶよくはなってきたか?」

「おかげさまで、だいぶよくなりました」


クエリーシェルに、ゆっくりと確認するように顔を撫でられる。それがくすぐったくて、思わず目を閉じると「その顔は反則だ」ととがめられてしまった。


「別にわざとというわけでは……」

「そうかもしれんが、おあずけされてる身にはつらい」

「じゃあ……ちょっとだけなら……」

「お、おい……リーシェっ!」


彼をベッドに押し倒し、そのまま唇を重ねようとする。だが、すかさずクエリーシェルに口を押さえられてひっくり返されてしまった。


「ケリー様……?」

「いや、ここで、その、そういうのはマズいだろう。ほら、誰が見てるかも聞いてるかもわからないしだな……」

「むぅ……」


クエリーシェルの言っていることはわかる。実際に壁は薄いし、声はだだ漏れだし、今している会話もだいぶボリュームを抑えている。


だが、そうは言ってもせっかくの逢瀬だというのに、あまりにも扱いが酷いのではなかろうか。


女性の顔なのだから、安静にして傷痕が残らないようにしないとせねば、と言われたのでちゃんと言いつけを守ってできるだけ大人しくして、栄養をとるように心がけていたと言うのに。


「ケリー様はもう私とキスしたくないんですか?……もしや、どなたかに心移りなさったとか?」

「いや!別に、そんなことでは!」

「じゃあ、したっていいじゃないですか」


そう言って、彼の首に縋るように手をかける。


「随分と積極的やしないか?」

「ここ最近、ケリー様と接触が少なかったので」

「それはそうだが……」


クエリーシェルがごくりと生唾を飲み込む。喉仏が上下するのが、なんとなくセクシーだった。


こうして見るとやっぱりカッコいいというか、ちょっと堀の深さとか疲労からか少しクマができてるところとかが愛しく感じる。


そして、縋りつく私をしっかりと支えてくれる逞しさと優しさに、あぁ、好きだなぁと再確認した。


「ケリー様……」

「……リ、ーシェ……っ」


ちゅっと唇が重なる。久々の感触に、胸が粟立つようにざわつく。段々とドキドキが増してきて、何度か角度を変えられたあと、深々と口付けられて頭が熱に浮かされたように思考が鈍くふわふわとした感覚になる。


代わりに色々なところが敏感になり、肌を撫でられた彼の大きな手の感触がやけにはっきりとリアルに感じて、思わず我に返って「すすす、ストップ!!」と全力で彼の身体を押した。


「や、やりすぎです!」

「ほら、こうなるだろう?毎回寸止めはキツいのだが……っ」

「寸止めって、だって、ほら、あの、これ以上は、その……」


キスまでならいい。百歩譲ってキスマークもいいかもしれないが、これ以上となると話は別である。


耳年増なのでこのあとどういったことをするかはある程度把握しているものの、それを他国の壁の薄い部屋でやる自信はない。というか、そもそもそういうことをするという心の準備ができてない。


いや、それ以前にこれをすることによって赤ちゃんができてしまうと聞いたし、それは旅をする上ではまずいだろう。個人的には、クエリーシェルとの子供がどんな子が生まれるかは気になるが……!!


「……うぅ、ごめんなさい」


素直に謝ると、頭を撫でられる。そして、ギュッと抱きしめられたあとに、再びチュッと口付けられて、そのままベッドに転がった。


「まぁいい。私も久々にリーシェに触れたかったからな。だが、今はお互いこれで我慢だ。いいな?」

「……はい」


なんとなく腹部に固いものが当たっている気がするが、あえて指摘しないでギュッと目を閉じる。


ドキドキと私と同じように早鐘を打つ鼓動。私にドキドキしてくれたことが嬉しくて、大きくて厚い胸板に額を押しつけ、猫のように愛しさが溢れる感情のままにぐりぐりと擦りつける。


「好きです……」

「私もだ」


言われて、きゅーんと甘い痛みを胸に感じる。好きが溢れてどうしようもないのを、彼に隙間なく抱きつき、密着することで埋めることにした。


(あったかい……)


そして、すんすんと彼の匂いを嗅いだあと、疲労と安堵からかすぐさま眠りに堕ちるのであった。

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