第58話 目敏い姫

「【まぁ、お美しいですわ】」

「【ありがとうございます】」


採寸後、色合わせをされながらしきりに褒められる。結婚式は今までは白だと相場は決まっていたらしいが、染色技術が整ってからはカラーも取り入れるようになったらしい。


確かに、こうした儀礼的なものに自国の技術を組み込み、かつ大々的に披露することで世のトレンドを築くことができ、他国へのアピールにも繋がる。


(なるほど、うまく考えたわね)


さすがの手腕というべきか。こういう部分から見ても、民衆から支持されている理由がわかる。私の意見だけでなく、その後自力で色々と学んだからこその今の在り方、と言ったところだろうか。


「【メインは緑……瞳の色に合わせた翡翠をモチーフに、あとは白や黄色を入れてもよさそうですね。あぁ、金の刺繍も良さそう】」


いくつかの布を当てられながら、じっくりと顔やら身体やらを見られる。マーラほどメリハリのある身体であれば、大して気にならないだろうが、私のこの貧相な身体ではどうにも恥ずかしくて気持ち俯いてしまう。


デザイナーらしき彼女達は次々に布や糸を当てると、色味を鑑みながらひたすらメモを取っている。メインを決めたあとは、それに合わせたヒジャブや装飾品の色見合わせがあるらしい。


毎度のことながら、赤よりも青などの冷たい色味が合うというのはよく言われていたが、例に漏れず今回の装飾品もターコイズやブルートパーズといった青系で落ち着きそうだ。


「【当日の朝にはヘナタトゥーを致しますので、早朝からのご支度をお願いします】」

「【ヘナタトゥー……?】」


聞き覚えのない言葉にオウム返しすれば、すぐさまヘナタトゥーの説明をしてくれる。何でも魔除効果のあるもので、婚礼には必要なものらしい。植物のヘナの染料を使用し、時間経過によって消えるのだそうだ。


(へぇ、知らなかった)


まだまだ知らぬ知識があるものだなぁ、と素直に感心する。時間経過によって消えるというが、一体どういう原理なのだろうか。


(その辺詳しく、あとでブランシェに聞いてみよう)


だが、施術されている間身動きが取れないのは正直つらかった。色素を身体に馴染ませるには時間がかかるらしいのと、デザイン性があって全て筆で描くために時間がかかるらしい。


オシャレは我慢だと聞いたことがあるが、カジェ国しかり、サハリ国しかり。元々そういうものに対して無頓着だったゆえに、ハードルが高いと思ってしまうのは仕方がないことだった。


ここまでしてもらって申し訳ない、と思いつつも心を鬼にして衣装合わせを進めていく。


「【装花はいかがしましょうか】」

「【こちらの花についてあまり詳しくないので、お任せしてもよろしいでしょうか】」

「【承知しました。では、あとは……】」


その後、その日はとっぷりと日が暮れるまで打ち合わせがあったのだった。


「疲れたー……」

「お疲れさま。腰でも揉もうか?」

「それ、セクハラだから。すぐに触ろうとしないで」


色々と打ち合わせが終わったタイミングで、ブランシェが戻ってくる。私がソファーでぐだっていると、すぐさま自然に隣に座るのはある意味さすがだと思う。


「てか、近い」

「ん?結婚する間柄なのだから、こうするのは普通だろう?」

「普通じゃない。というか、もう誰もいないのだから、こうしている必要はないでしょ」


ぐぐぐ、と彼の身体を押す。ブランシェは気にする様子もなく、されるがままだ。


「だが、いつどこからか見られているかもわからないぞ?」

「だったら、監視網が危ういでしょ。そもそもちょっと見張りが手薄気味じゃない?」

「そうかな?」

「そうよ。私が脱獄できるくらいだし」

「はは、それは確かだ」


笑い事ではないんだが、と思いながらも気持ちとしては複雑だ。監視網が薄いから脱獄できたとはいえ、そのせいで自分が攫われるかもしれないというのはなんとも言えない。


「そういえば、聞きそびれてたけど私が国に来たときのセキュリティーが厳しかったことについて答えてもらってなかったわよね」

「おっと、その話を持ってくるか」

「話を誤魔化されてたことに、あとあと気づいたのよ」


そう、身の上話を聞かされて、肝心のセキュリティーについて聞きそびれていたことをふとした瞬間に思い出したのだ。


これが、ブランシェの言っていた本題を遠ざけるか、と気づいたときには歯噛みしたが。


「さすがステラ、誤魔化されてくれないようだな」

「えぇ、目敏いものでね」


ブランシェが「はぁ」と大きく溜め息をつく。そして、私に向き直ると口をゆっくりと開くのだった。

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