第56話 領主の本音

「一体どういうことなんですか?」

「私に聞かないでくれ」

「ですが、なぜこんな急にサハリ国王とご結婚だなんて」


ヒューベルトの気持ちはわかるが、リーシェと内緒だと話した手前、真実を打ち明けるのははばかられた。ヒューベルトは信用できる男ではあるだろうが、どこから情報が漏れるかもわからないのであえて口を噤む。


「クエリーシェル様は、それでよろしいのですか?」

「よくはないが、どうしようもないだろう」

「そう、ですが……」


実際問題、どうしようもないことは事実だ。仮に、これが実際の婚礼であったとしても。


(私とリーシェは元々身分差がある。これは変えられない事実だ)


彼女は今、自身に後ろ盾がない、としきりに言うが、実際の出自を鑑みれば本来は自分があのように対面し、会話したり触れたりできるような相手ではない。


雲の上の人物。手の届かない高嶺の花。


紆余曲折あって、今のような関係を築けてはいるものの、今後いとも簡単に崩れてしまう関係性でもある。


それは、当人の気持ちがあってもなくても関係ない、簡単に覆しようもないくらいに大きなものだった。


(バレス皇帝亡き後はどうするのか……)


考えなかったわけではない。巨大な力であるゴードジューズ帝国を相手にそんなことを考える余裕があまりなかったとはいえ、もし今後ゴードジューズ帝国との戦争に勝ったらどうするか。


そう考えたときに出てきたのは、リーシェの今後だった。


身内を亡くし、国も失くした姫。彼女は一体どうなるのか。追われることなく、自由を取り戻した彼女の未来はどうなっていくのか。


その光景に、恐らく私はいないだろう。


リーシェはきっと否定するだろうが、それは事実だ。いくら爵位持ちの軍総司令官とはいえ、ただの一貴族にすぎない。


このような多彩な人脈を持ち、多くの知識や能力を持つ彼女が自分の近くで燻っているようではいけないのだ。


今回のサハリ国の国王だけではない。あまり多くは語らないが元婚約者の存在だってある。


元婚約者という相手が彼女のことを諦めていなかったら?彼女との婚約がまだ破棄されていなかったら?


悪い考えが浮かんでは消え、また浮かんでくる。


まだこんなことで悩む段階ではないというのに、色々なことがありすぎて頭がいっぱいいっぱいだった。


「リーシェ……」


あの恥じらう表情を思い出す。拾ったときとは別人のような表情。来て間もないときは、まるで人形のようだと思っていたが、今は違う。


(愛しい、愛くるしい。狂おしいほど愛してる……)


自分がこんな感情になるなどと、誰が想像できるだろうか。恐らく、クイードでさえ想像できなかったはずだ。


こんな感情は知らなかった。理性がきかないほど愛しく想うこの衝動。無茶だとわかっているのに危険を冒してまで会いに行ってしまったのは、この衝動を抑えきれなかったからだ。


あの国王と仲睦まじくしているのが、あの国王が触れるのが、……憎々しい。


身分差ゆえに叶わぬ想い。だが、近すぎたゆえに本音では彼女のことを自分のものにしたいという欲望。相反するものが、自分の中でぐちゃぐちゃに混ざり合うことなく消化不良を起こしている。


今回の旅で手に入れるのは、彼女の自由であり、自分の手からは遠ざかる選択。


「貴方はステラのことをどう思っているの?」


以前、言われたカジェ国王妃の言葉をふと思い出す。あの時の答えは嘘偽りないものだった。彼女のためなら死ねる。それは今も変わらない。


「理性もない、ただ己の欲のために動き続けるための亡者」とバレス皇帝に対して王妃が口にしていたが、あれは何にでも当てはまる。


(そうだ。私はちゃんとした意味でわかっていなかった)


彼女が国か、選択するときが来るかもしれない、と漠然と考えてはいたが真の意味で理解できてなかった。


(私はどちらも守りたい。国もリーシェも。例え欲深いと言われようとも)


……彼女との未来が築けなくても。


パンっ、と勢いよく自身の頬を叩く。急に気が狂ったかのような愚行をする私に目を剥くヒューベルト。その顔はちょっと面白かった。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、何だ。気合い、を入れていたのだ」

「気合い、ですか……?」

「あぁ。先程のリーシェの話だが、我々は今のところ従うほかない。今後何かしら動向はあるだろうから、とりあえず待とうじゃないか」

「は……はぁ。まぁ、そうですね……。そもそも本当にするのかどうか、っていうのも怪しいですしね」


さすがにクイードから派遣されただけはある。洞察力があるな、と感心しながら席を立つ。


「どこへ?」

「いや、ぼんやりしてても身体が鈍る。トレーニングでもしようかと」

「お供します」

「あぁ、では共にしようか」


くよくよ悩んでいたって仕方がない。ただ自分ができることをするのみ。だが、もし叶うなら、彼女と今後とも共にありたい。


そんな一縷の望みを抱きながら、ヒューベルトを連れ立ってトレーニングを開始するのだった。

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