第53話 久々の逢瀬
「ケリー様大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……暑さで死ぬかと思った……」
モゾモゾと布団から這い出てくるクエリーシェル。なんだか可愛らしい。顔は暑さのせいか耳まで真っ赤であるが。というか……
「これ、もしかして……もしかしなくても、私もせいですよね……?」
クエリーシェルの右目の下のところに赤く腫れ上がった箇所が1つ。どう考えても先程布団の上からではあるが、思い切り蹴り上げた部分だった。この様子だと、明日にはもっと酷く腫れるかもしれない。
「いや、あー……これくらい大したことないぞ。そもそも、私が突然侵入したのが悪いのだしな」
「……でも。とりあえず、冷やしましょう」
部屋の中を物色する。洗顔用らしき水瓶を見つけて、器で水を掬うとその中に布を浸して固く絞った。
「気休めかもしれませんが、これで冷やしておいてください」
「あぁ、すまないな」
「いえ、私のせいなので……」
ぴと、と彼の肌に布を押し付ける。多少冷たかったせいか、ぴくり、と身体が跳ねるのが可愛らしい。間近でクエリーシェルを見てるせいか、何だか勝手にドキドキしてくる。
そもそも顔を合わせたのは朝食時以来ではあるのでそこまで久しいわけではなかったのだが、こうして近くにいるという安心感はとても心強かった。
「ところで、どうやってここまで来られたんです?」
素直に疑問だった。
現在の部屋は地上3階である。今回、クエリーシェルが侵入してきたのは寝室奥の窓だ。
石造りの壁なので、ある程度登ることは可能ではあるだろうが、とはいえそれでも高さも高さだ。
外から私が拐われぬように見張りもいたはずだろうし、壁をよじ登ろうとしている輩などいたらすぐに捕まってしまうだろう。
そもそも王の寝室が近いのだから、それはそれで警備は万全のはずだが……。
「あぁ、上から来た」
「上……から、ですか?」
「屋根伝いにな。だいぶヒヤヒヤはしたが、どうにかここまで来れてよかった」
まさかの屋根伝いに、彼の大きな身体で来るとは想定外で、単純に驚く。しかも物音はしなかった気がするが、どうして……と思って彼の足下を見れば裸足で、思わず納得してしまう。
「でも、そもそもどうやって私がここにいることを?」
多分、クエリーシェルがいた客室はこちらとは別の位置にあるだろう。人数も人数であるし、いくら客人とはいえ大きく離された位置に客室があっても不思議ではない。
「外を眺めていたら、この部屋に入っていくのが見えてな。いてもたってもいられなくて、つい来てしまった」
「よく見えましたね」
「夜目は効くほうでな」
言われて、確かに狩りの時や自分がクォーツ家のバルドルに捕まった際など遠見が得意だったり夜目が効いたりしていたことを思い出す。
(あの真っ暗の中で私を見つけたのは、相当目がいいはずだわ)
それにしても自分を見つけたからと追いかけてきて、部屋に侵入までしてくるというのは想定外すぎる。というかクエリーシェルに似合わず大胆な行動である。
「わざわざ危ないことをして……」
「まぁ、リーシェに感化された部分はあるかもしれないが、そっくりそのままリーシェに返すぞ。……マーラ様から聞いたぞ?」
うぐ、っと思わず口籠る。バタバタしていたせいで、口止めしておくのを忘れていたことを後悔する。
「単身で脱走し、国王を人質にしようとしたとか……?」
いつの間にかベッドヘッドに追いやられて、いわゆる壁ドン状態で追い詰められている。真っ直ぐに見つめられて、目を逸らすに逸らせない状態だった。
(圧が凄い……)
自分をすっぽり覆えるほどの大きさの男に、上から覆いかぶさるように追い詰められているという状況は、思いのほか心臓に悪い。
そして、自分が怒られることをしでかした自覚もあるので居直るにも居直れなかった。
「すみませんでした……」
「……はぁ。事態は好転したとはいえ、何かあったらどうするつもりだったんだ」
「それは……その……。ただ死にするくらいならせめて一矢報いるくらいの気持ちで……」
「そういう思考が危ないんだと、あれほど……」
不意に腕を掴まれたと思えば、そのままベッドに押し倒される。上から跨がられ、身体をよじるがさすがにこの体格差である。力も敵わず、抜け出すことなどできなかった。
「ケリー様……?」
「リーシェは女なんだ。悪いことを考える輩がいないとも限らない。実際に、不意打ちでこういう状況に陥ることだってあるだろう。その時はどうするつもりなんだ」
「えーっと……。それは……思いきり金的して、それから……」
「き、金的……。いや、それもいいだろうが、では相手が複数だったら?腕を拘束されたり、負傷されたりしたら?」
言われて、逡巡する。どうにか切り抜ける算段はするだろうが、確かにクエリーシェルの言う通り、厳しい場面もあるだろう。
「リーシェ……?」
「今後は……なるべく……無理はしません」
確約は正直できない。だが、善処はできる。
そんな私の気持ちを察してか、一度開きかけた口が閉じると、「まぁ、大目に見よう」とそのまま抱きしめられる。
「心配いただき、ありがとうございます」
「ん。できれば今後も心配させて欲しくはないがな」
「善処します……」
そう小さく言えば、苦笑紛れに唇が重なるのだった。
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