第50話 飛んで火に入る夏の虫

「ちょちょちょ、ちょっと待って。……本気?」

「あぁ、本気の本気だ」

「擬似、結婚式……?」

「僕としては現実にしてもいいんだが……」

「いやいやいやいや……!」


何でこうも次から次へとここに来て色々起きるのだ、と頭が痛くなる。もはやカジェ国のあの穏やかだったときが懐かしい。


「そもそも何で?」


率直に理由を尋ねる。頭が良すぎるせいなのか、他者への配慮が幾分欠けてるからだろうか、彼はしばしば説明が足りないような気がする。


「先程の見張り……というか偵察に来てた者は前国王夫妻派の人間でな。日中の観光のときにもわざとメンバーとして組み込んでいたのだが、上手いこと私達のことを伝えてくれたらしい」

「というと……?」

「彼らはキミの排除並びに拘束に動くだろう。何せ、僕とステラが結婚してしまったら、ゴードジューズ帝国に渡すことはおろか、自分達が返り咲くことはできないからな」


(そういうことか)


両親は地方にいる、と言っていたが未だに火種として燻っていたということか。確かに、それなら合点がいく。


そして今回私を利用して、両親とどうにか決着をつけるという気なのだろう。


「なるほど。てか、巻き込むなら最初から言ってよ」

「すまないな。元々巻き込むつもりはなかったのだが、キミが我が国に来てしまったことで始まってしまったことだ。許せ」


(まさか『飛んで火に入る夏の虫』を現実にやってしまうとは)


「巻き込んでしまった手前あまり大声では言えないが、部屋も僕の私室にしてもらったのはそのためだ。あと食事の位置が隣なのもな。これでも一応キミの身を案じてはいたんだぞ」

「それは、ありがとう」

「だが、くれぐれも注意して欲しい。彼らも死にものぐるいでキミをかどわかそうとしてくるだろう。どういうわけか、書簡には無傷、という制約があるのがまだマシではあるが」


(それは私に子を産ませるためですよ、とは口が裂けても言えない)


「ともかく、我が国のごたごたにもう少し付き合ってもらいたい」

「1週間後まで、ってことね」

「あぁ、あとはキミやコルジール国の要望を聞こう」

「そうしていただけるとありがたいわ」


(なんだか、とんでもないことになってしまった)


まさか、身内のごたごたに巻き込まれてしまうなんて。いや、そもそもタイミング悪く私がやってきたのが悪いのだが。かと言って、この国を避けるわけにはいかなかったので、この状況は必然と言わざるをえないか。


「それと、擬似結婚式まではあまり出歩かないで欲しい。念のために処置だ」

「わかってるわよ」

「そう言いながらキミは無茶をするからな。脱獄もそうだが、偽装工作までしたそうじゃないか。おかげで今修繕工事をしているところだ」


ぐぬぬ、と言い返せない。実際にやらかしたのは自分だし、無茶した自覚もなくはない。


「キミが強いのもわかってるし、賢いのもわかっている。だからこそ、無茶をしないでくれ。お願いだ」

「私も下手にバレス皇帝に売り飛ばされたくはないから、大人しくしてるわよ」


慣れぬ土地でうろちょろするほど危機管理に疎いわけではない。……多少色々見に行きたいこともあるが、この際我慢するほかないだろう。


いざとなったらブランシェに頼んで同行してもらえばいいかもしれない。


「それにしたってバレス皇帝はどうしてあんな懸賞金をかけてまでキミに執着してるのだろうな」

「さぁ。私が知りたいくらいだわ」


ぎくり、としたものの、表情には出さずにさらっと流す。勘づかれていないといいが。


「あぁ、そうだ。今度キミの持ち合わせている秘密道具を見せてくれ」

「いいけど。全部は見せないわよ?」

「そんなにいくつも所持してるのか……。であれば、鉄格子を溶かしたものだけでもいい」

「いいけど、何で?」

「ちょっと興味があってな。今後の工芸品などに生かせるなら生かしたい」


工芸品。……確か、硫酸は繊維産業で使用されると聞いたことがある気もするが、そういうのに使うということだろうか。


(私も製造方法と簡単な用途しか学ばなかったからな)


「てか、いつまでいる気?」

「あぁ、すまない。つい居心地がよくて居座ってしまった。そろそろお暇するよ」

「そうしていただけると助かるわ」


つれなく答えるが、ブランシェは意に介した様子もなく、口元を緩めたままだ。その余裕がやはりムカつく。


「あぁ、そうだ」

「まだ何か?」

「キミの想い人。今朝の食事会にいたあの大男だろう?」

「……は?」


(なぜバレてる)


クエリーシェルが言うわけはないし。かと言って、ヒューベルトが言うわけがない。……であれば、どこから漏洩したのか。


「彼に合わせるのはもう少し待ってくれ。下手に僕の計画である擬似結婚式のことがバレてしまっては厄介だからな」

「え、は、ちょっと……!何言って……」

「キミはね、ステラ。思いのほか顔に出やすいタイプだから気をつけて」


じゃ、おやすみ、と頭を撫でられるとそのまま部屋を出て行くブランシェ。私は目の前で閉まった扉の前で、ただただ呆然としていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る