第43話 想い人
「ねぇ、ちょっと近い」
「すまない。だが、これ以上は離れられないから我慢してくれ」
食事後、うむを言わさずに「観光がてらこの国を紹介しよう」と言われて、そのまま連行される。馬車か何かで行くかと思えば、案内されたのはまさかのゾウの背中で、戸惑っている間に乗せられてしまった。
本当はクエリーシェルやマーラも連れて来たかったのだが、さすがに私の思考を先読みしてたらしいブランシェに先手を打たれてしまった。
クエリーシェルの誤解を解きたかったのだが、それが叶うのはもう少しあとになりそうだ。
「てか、何でゾウ?」
「高所から見た方が色々よく見えていいだろう?」
「まぁ、そうだけど……」
「キミも確かこういう普段見慣れないものが好きだっただろう?」
「そうね、好き、だけど……」
一々模範回答が返ってくるのがある意味すごい。そういえば、以前もそういうところがどうにも気に食わなくてついつい手を上げてしまったのだったと反省するが、やはりどうにも慣れない。
恐らく、私よりも頭の回転がとてもいいのだろう。サハリの人々は知恵と賢さでこの国を築き上げてきたと聞くし、国民性なのだろうが、口がとても達者であるイメージだ。
それを買われて、ゴードジューズ帝国でも何人かサハリ国の人が執政官に重用されているとは聞いていた。
(実はブランシェ本人ではなかった、という線も考えたけど、私のここでの過去を知ってるのはこいつだけなのよね)
身代わりを立てて色々と仕込むにしても、ここまで過去にあった話をすらすらと言い当てられると、やはり替え玉という選択肢はないといってよいだろう。
そもそも見た目も中身も別人すぎて、知ってるはずのブランシェという人物はどこに行ってしまったのだろうか。本来ヒトはここまで変わるものなのだろうか。
見た目も中身も変わらない人間からすれば、ある意味羨ましくもあるが。
「随分と暗いな」
「そんなことは……なきにしもあらず、だけど……」
「はは、昔のキミからは想像できないほどの
「そっちだって!随分と丸くなったじゃない」
先程と同じやりとりをしている気がするが、実際に未だ混乱しているのは事実だ。昨日今日で順応できるほど、柔軟な頭をしていない。
「キミが帰ってから色々あってな。ワラをもすがる気持ちで言われた通りにしたのだよ」
例えばほら、と指をさされた先には一帯が黄金に輝いていた。よく見れば、小麦のようである。
「品種改良などしてな。実りの少ない土地でも育つ作物を作れるようにしたんだ」
「なるほど。確か、他の品種と掛け合わせて発芽させるとかいう……」
「あぁ。発芽や育成の技法も他国から色々知恵をもらってな」
確かに、穀物を作れるようになったのは大きい。以前来たときは飢饉の可能性があるということで呼ばれたが、他国からの輸入に頼らず自国で生産できるというのは強みだろう。
「それからなるべく病気が少ない品種だったり、短期間で栽培できる品種だったりの改良をして他国に売れるほどになったのだ」
「それは凄いわね」
「あぁ、他にも織物や工芸品などを作るようになってだいぶ我が国は潤った。それもみんなステラのおかげだ」
「それは言い過ぎでしょう。私はあくまで助言をしただけだから」
実際に思ったことを率直に言っただけだ。姉に言われた通りに、自分が思うがままをそのまま。だから、ここまで国が育ったのはブランシェの実力だろうし、その手腕があったからだろう。
その点は素直に褒めるべき部分だし、感心すら
「いや、あのような助言がなければ僕達の国は今やなかったかもしれないからな。そもそも、あのような傲慢であった僕についてこなかっただろう」
「そこは、否定しないけど」
「はは、相変わらず素直だな。……だから、まずは身体を鍛えたのだ。キミに見合う男になれるように、ってね」
「わ、私に見合う……?」
急なキラーパスに戸惑う。そんな様子、当時は全くなかったはずだ。今思い返してみても、彼は私に怒り以外の感情を持ち合わせてなかったように思う。
(それがなぜ今更……?)
「不思議そうだな」
「そりゃだって、あんなに私に悪態ついて、国にもう来るなって言ってた人が素行悪くて口も悪い私のことを好きだなんて信用できないでしょ」
「そうだな。言われてみたら酷いな」
はは、と笑われるが、笑い事じゃない。私としては結構重要なことである。だが、私の真意を知ってか知らずかなぜかジリジリと距離を縮めてくる。それをズリズリと後退って距離を開ける。
「僕はずっとキミのことが好きだったよ」
はっきりと、言い聞かせるようなゆっくりさで伝えられる。その瞳はとても真っ直ぐだった。
「ウソ。それはありえない」
「そうかな?まぁ、当時の僕は素直じゃなかったからね」
背中に座席の格子が当たる。すると、そこにブランシェが手をつき、私に覆い被さるように瞳を覗き込んでくる。
「な、何してるの」
「逃げるから、追いかけたくなる」
「はぁ!?」
「死んだと思ってた想い人が生きていて、綺麗になって現れたら、どうにかして振り向かせたくなるものだろう?」
「いや、ちょっと……本当に、冗談はやめてよ」
身体を押し退けようと手を伸ばせば、あっさりと捕まり、そのままいなされる。顔が近い。少しでも上向けば、口づけできそうなくらいの近さだった。
「好きだ、ステラ。キミと共に歩むために今まで結婚もせずに待っていたんだ。だからどうか僕の妃になってくれ」
手を握られる。大きな手。だが、それはクエリーシェルのように温かい手ではなく、どこか違和感しか感じなかった。
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