第34話 マサラドーサ

「(おはよう、アルル!)」

「(まぁ!お姉ちゃん!?)」

「(あら、アルルも今日はいつもと違うのね)」

「(うん、市井しせいに行くときはいつもよりもおめかししてお姉さんになれるのよ)」


ふふん、と胸を張る姿は可愛らしい。


小さなレディらしく化粧は程々にだが、髪は普段の肩で切り揃えられている黒髪が、天パの長い栗毛になっている。服もターコイズブルーの青みがかった色で統一されていて、普段見るようなパッションカラーとは異なっていた。


「(どう?)」

「(えぇ、とても似合っているわ)」


くるくると回って私に自分の姿を見せるアルルに、見た目は大人びているものの、やはり8歳だなぁと実感する。


「(そうそう、今日は私はアリーって呼んでね)」

「(なるほど、偽名ね!わかったわ。私はステラ、こっちのおじさんはケリーって呼んであげて)」

「(わかったわ)」


本名が偽名代わりというのも変な話だが、普段コルジールで呼ばれ慣れているリーシェよりはこちらの名の方がバレる可能性が低いだろう。


まさかいくら何でもペンテレアの姫がカジェ国の市井にいるなど想定外だろうし、ましてやこの見た目だ、絶対にバレない自信があった。


クエリーシェルに関しては、ケリーと呼んでいるのは私くらいだろうし、ケリーという名からクエリーシェルを想像する者は恐らくいないだろう。


多少身長が高いことに懸念はあるものの、さすがにここまで見た目が違ければ、いくらマルダスで名を轟かせていたとしてもきっと本人だと気づかれることはないはずだ。


「(じゃあ、早速行きましょうか)」

「(えぇ!楽しみ!!)」

「ケリー様も、行きますよ」

「あぁ、そうだな」


そう言ってクエリーシェルと手を繋ぐと、アルルも真似してクエリーシェルと手を繋ぐ。はたから見たら、親子に見えるかもしれないとちょっと口元を緩めながら、市井へと歩き出した。









「(さすが、城下町!大きいわねー!!)」

「(ここはいつも賑やかで活気があるのよ!)」


確かにコルジールの港町ブランカを思い出すほどの活気だ。いや、それ以上だろうか。


カジェ国では朝食は普段自宅で取ることが多い国柄だが、ここだけは別らしい。様々な食事関連の露店が所狭しと並んでいて、空腹にはつらいほどいい匂いが立ち込めていた。


「(いい匂いー!アル……、じゃなかった、アリーはそのお店がオススメ?)」

「(私はここ!このお店のマサラドーサが好きなの!)」

「(マサラドーサ?)」


腕を引かれてアルルについていく。クエリーシェルに至ってはほとんど言葉がわからないため無口だ。


下手にコルジール語を喋って、コルジール人だとバレてしまっては変装の意味がないので仕方ないが、たまに小さな声でコルジール語でやりとりすれば、小さく頷いてくれる。


(先日ヒューベルトが言ってたみたいに、連日他国語ばかり聞いてたら疲弊するわよね)


今後も他国に行く上でこういう風に通訳が必要な場面が多々あるだろうが、クエリーシェルは不満に思わないだろうか、とちょっと不安になった。


自分は幼少期から慣れているとは言え、慣れない環境で疲れているはずだ。


何となく心配になって、今日はマルダスのことも心配だし、アルルには申し訳ないが、それなりに早めに切り上げて帰ることも考えねばと頭の片隅で考える。


「(私、買ってくるわね!)」

「(えぇ?!1人で買いに行く気?!)」

「(えぇ、普段もそうしてるし、みんなそうだもの。逆にわらわらと買いに行く方が不自然に思われるわ)」


普段の勝手を知らないので、自信満々に言われると下手に言い返せず、そのまま駆け出していくアルルを見守る。


さすがに慣れていると言っていただけはあって、慣れた様子で露店の店主に注文し、お会計を済ませるとそのままこちらに向かって駆けてくる。


「(じゃーん!マサラドーサよ!まずは食べてみてちょうだい?)」


アルルが買いに行っている間に適当な段差に腰掛けて待っていると、それはもう彼女の手に収まらないほどのでかでかとした大きな物体を持って帰ってきた。


見た目は大きなクレープをロールケーキのように巻いたようなもので、持ち上げると心なしかずっしりしている気がする。すんすん、と匂いを嗅げば、とてもスパイシーな匂いが鼻腔を擽った。


「(どうやって食べるの?)」

「(そのままガブッといってもいいし、千切ってもいいわ。ささ、まずは食べてみて!)」


手で千切ったマサラドーサに意を決してガブッと噛みつく。


「(んんん……!美味しい……っ!こほっこほ、でもちょっとスパイスが強めね)」


思い切り香辛料で噎せていると、アルルはさも楽しげに笑った。


「(ふふふ、これがカジェ国の朝食の定番のマサラドーサよ!)」


小悪魔的な微笑みをするアルルに、アーシャとの既視感を覚える。やはりこういう部分も似ている、と思いながら、クエリーシェルにも説明し、パクパクと慣れた様子で食べていく。


香辛料がちょっとキツめではあるものの、マッシュポテトが入っていてとてもずっしりしていて、空腹にはちょうどいい代物だ。クエリーシェルもお気に召したのか、あっという間にぺろりと平らげていた。

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