第12話 戯れる

「綺麗ですね、この庭園」

「あぁ、そうだな」


何だか気まずい。それはきっと、クエリーシェルも思っていることだろう。


侍女は庭園に案内するやいなや、ごゆっくりおくつろぎくださいませ、とどこかへ行ってしまった。


(せめて、庭園の花の紹介をしてくれてもいいだろうに。それかお茶出ししてくれるとか……!きっとアーシャの指示だろうけど)


そんなことを内心思いながら、適当に庭園を散策する。コルジールでは見られないような花々は彩り豊かで、この国は色彩の富んでいると改めて思う。


きっと気候のおかげだろうが、赤やオレンジ、ピンクに紫など極彩色が多く、目に入るものが全体的に明るい色というのは気分がとてもよい。


「これは何て言う花なんだ?」

「ブーゲンビリアです。色がたくさんあって、同じブーゲンビリアでも白、赤、黄色、オレンジなど様々な色があるんですよ。あ、でも棘があるので触れないでくださいね」

「あぁ、わかった。って、言葉、いいのか?」

「誰も聞いてないのでいいんじゃないでしょうか?私も慣れないことばかりでちょっと疲れました」


実際に船旅だけでなく、着いて早々アーシャに会うという過度なストレスに晒されて、さらに丸洗いまでされたあと、長時間耐久着替えなど、つらすぎることこの上ない。


そもそもの目的!と内心思いながらも、あんまり浮かれているアーシャに毒気を抜かれてなんとなく反抗するのも憚られて、結局されるがままにされてはいるが。


「苦手なのか?王妃のこと」

「えぇ、まぁ。嫌いではないですけど、苦手です」


いつから彼女のことを苦手だと思っていたか、なんとなく昔を思い出す。最初というか物心ついたときに会ったときは、どちらかというと好意的な印象だったように思う。


艶がかった美しい髪、大きく黒目がちな澄んだ瞳、褐色の肌、彫像のように整ったボディライン。ここまで完璧な人が存在するのか、と驚いたほどだった。……ただ、性格には難点があったが。


元々頭が良いのも災いして、とにかく人を見下すというか揶揄う気質を持ち合わせていた。加虐体質というのか、主に物理ではなく精神的なほうの。


今ならそれが彼女の処世術であって、美貌や知力を妬み嫉み、多くの攻撃的な人から身を守る術であったことは想像できる。


だが、それでも幼かった私としてはちょっかいを出されると同時に無駄にバカにされ、攻撃されるのは理不尽に感じて嫌悪感を募らせていた。


とはいえ、彼女のおかげで多くの知識や能力を身につけることができたというのは事実だ。無駄に負けず嫌いで、高みを目指す癖がついたのは恐らくアーシャのおかげと言っても過言ではない。


本人は意図してそうしたかまではわからないものの、少なくともその部分に関しては非常に感謝はしている。


「まぁ、同族嫌悪というやつです。元々の性質が似てるのですよ。人に弱みを見せられなかったり他者と張り合って自我を保ったり。お互い難儀な性格だと思いますがね」

「そうか」


不意に手を取られて、抱き締められる。急な出来事で、訳もわからず彼の胸に納まる。だが、庭の草木に囲まれているとはいえ、いつ誰に見られるかと思うと、ハッと我にかえり抵抗する。


「クエリーシェル!」

「私には、弱みを見せて欲しい」

「十分見せてますよ……!そもそも、こんな顔、他の誰にも見せられないですから!」


自分で言いながらも、恥ずかしくて顔を覆いたくなる。恐らく私の顔は真っ赤で、さらに羞恥で耳まで赤いことだろう。


でも、恥ずかしいくせに嬉しい気持ちもあるから始末に負えない。彼の腕の逞しさや自分の身体を覆うほどの大きな体躯。彼の匂いや体温などが、私の思考を甘く鈍らせる。


(どんだけ好きなんだ、私……!)


「先程は言えなかったが、綺麗だ。誰よりも、綺麗で、美しくて、妖艶で、他の誰にも見せたくないほどに愛しい」

「も……っ!今、言います?!というか、耳元で言わないでください!恥ずかしくて死にます!!」


彼の胸の中でジタバタと暴れる。正直、私の羞恥心はキャパオーバーだ。これ以上だと、頭が含羞で沸騰しそうだった。


「恥じらうステラも可愛い」

「ちょ……っ、わざと言ってるでしょう!?」


指摘するとくつくつと笑われる。これは絶対確信犯だ。


(今まで余裕がなかったくせに、こういうときだけズルい!)


「私は事実だけを言っている」

「意地悪……!」

「今の言い方よいな。もう1回言ってくれ」

「やだ、もう!変態!」

「へ、変態ではないだろう……っ!」

「(……お姉ちゃん?)」


第3者の声が聞こえて、慌ててクエリーシェルから飛び退く。恐る恐る声のほうをふりむけば、そこにいたのは、アルルだった。

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