第9話 着せ替え人形

「んーーーー、何色がいいかしら?赤?青?どっちの色にまとめるのがいいかしら。久々に人のコーディネートなんてするから、悩んじゃうわ!」

「…………」


恐らく誰が見ても今、私の顔は死んでいることだろう。


ゴシゴシと大根や人参などの根菜を洗われるかのごとく、雑ではなかったもののそれなりの荒さで、手や足や髪などたくさんの手によってありとあらゆるところを洗われた。


そして、大きなふかふかのバスタオルでこれでもかと拭かれ、呼吸困難になりながら今に至る。


あまりの多くの人に囲まれ、さらにたくさんの手がいたるところから自らに触れるため、正直目が回りそうだった。さすがにペンテレアにいたときも、これほどまでに多人数に構われたことなどない。


(侍女、多すぎでしょう!)


やっと侍女集団から解放されたと思えば、今度は違う侍女達が、アーシャが言うままに様々な形や色をした服を持って構えている。


ここの侍女は無尽蔵に湧いてくるらしい。


(早く服が着たい……)


さすがに真っ裸ではないものの、下着だけ着せられて、あとは取っ替え引っ替え服を着せられては脱がせられるの繰り返しだ。マルグリッダでさえ、ここまで酷くはなかった。


「これ、いつ終わるの」

「何を言ってるの。女性の身嗜みに時間はかかるものよ?納得いくまでやるに決まってるでしょう」

「納得って、いつするのよ……」


あーでもないこーでもない、と早1時間は過ぎようとしてるのではなかろうか。唯一の救いは気温が高く、室内で薄着であっても寒さを感じないことくらいだ。


「(アーシャ様、次の服はいかがしましょう?)」

「(ステラの髪の色と目の配色を考えると、赤やオレンジよりも黄色のほうがいいかしら。黄色とエメラルドグリーン、そしてサファイアブルーに……でも、普段着ない色も捨てがたいわね。どこかに差し色で明るい色を入れたいわ。やっぱりオレンジ入れましょう、映えるわ、きっと)」


それは何の呪文だ、というくらいにぶつぶつと私を見ながら独り言ちているアーシャ。普段は汚れてもいいように、濃紺や黒、灰色や深緑などを好んでた身としては、この色を選ぶことはまずないので違和感満載だ。


次々と出される服は、目がチカチカするほど鮮やかな色のものばかりで、これを私が着るの?と思うとちょっと怖気づく。


だが、染色の文化に長けているのは知ってはいたものの、実際にここまで色鮮やかな品々が出てくると、思わず感心してしまう。自分が着るわけでなければ、延々と見続けられるほど、最早芸術品に近いものだった。


(赤だけでも一体何種類の赤があるのかしら)


人のコーディネートは楽しいが、自分のはほとほと面倒だなぁ、なんて思いながら、ただ時が過ぎるのを待っていた。


「……ふぅ、やっとできたわ」


ずらっと周りには、いくつもの堆い服の山ができている。各色ごとに別れていて、ある意味芸術作品のようだ。


結局私は藤黄とうおう黄支子きくちなし刈安かりやすに山吹色と黄色系の色が中心に、そこから緑や青系の若葉色や碧色へきしょく金春こんぱる色に萌黄もえぎ色と新橋色などを重ねて、さながらクールな孔雀のような配色になった気がする。


今まで着たことない色ばかりだが、さすがの王妃、きちんとまとまっている。そもそも、ここまで多色の服が揃っていることが恐ろしいが。


これを全て着るとなると、一体どれほどの年月がかかるのか。というか、着回しするだけでも、一生分の衣装を賄えるのではなかろうか。


(着道楽も、ここまでいったら着狂いね……)


やっと服を着れてホッと一息であるが、なぜかまた湧き出てくる侍女達。今度は、櫛や花や香油らしきものなどを持ってぞろぞろとやってくる。


「じゃあ、次は髪結いしましょう!」

「へ?まだやるの?」

「何言ってるのよ、当たり前でしょう?髪を結って化粧して、装飾品をつけておしまいよ」

「本当に、いつ終わるのよ……」


項垂れながらも、今度は椅子に座らされて髪を梳かれる。一体、何人に私の髪に触れられているのかわからないほど、梳かれたり香油を塗られたりともう何が何だかわからない。


ただ言えるのは、疲労の溜まった身体にふわっと香る甘い香りと髪を弄られるのは、ちょっとばかし睡魔を呼び寄せるということだ。


(あーー、眠い。こんなとこでは眠れないけど、すごく眠い……。寝てる間に終わらないかしら)


これ、終わったら日が暮れるんじゃない?と思いながらも、反抗したところで長引くだけだと割り切って、ただただ私は彼女が満足するまで、されるがままになっているのだった。

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