ダリュード編1

「あぁ、本当に我が家に嫁いでくれないだろうか」

「もう、いい加減諦めてくださいな。リシェルだって、彼女のことが好きなのですから」

「でも、まだ婚約したわけではないだろう?だったら、可能性があるじゃないか。私はクエリーシェルよりもダリュードのほうが、リーシェ様に相応しいと思っているぞ。それにダリュードも満更ではないだろう?なぁ?」


港町ブランカからの帰り道の馬車内。相変わらず両親は仲がいいのか悪いのか、ひっつきながら言い合いをしていたのだが、急な父からのキラーパスに、思わず反応が遅れた。


「すみません、ぼんやりとしてました。何ですか?」

「だから、ダリュードもリーシェ様のことを気に入っているのだろう?」


聞こえていたものの、あえて聞き返せば、先程とほぼ同じ質問が飛んでくる。相変わらずこの人は、我が父親ながら、なんというか空気が読めない。


「まぁ、好きか嫌いかで言われたら……好きですけど」

「ほら見ろ」

「そんな言い方!リシェルだって、ずっと不憫な思いをしてきたのですから」


再び、やいのやいのの夫婦喧嘩が始まる。


(できれば、こういうのは僕がいないところでやって欲しいなぁ)


そんなことを考えながら、外を見つめる。


普段仲がいい両親は、いつも叔父であるクエリーシェルのことになると揉める。それは、父が母のことが好きだからこそだった。


母は僕にたくさんの愛情を注いでくれているが、それと同じように叔父も大切にしている。


詳しいことは知らないが、叔父には過去に色々とつらい出来事があったそうで、それを防げなかった自身を、母は責めているらしい。


父は母に、あれはどうしようもなかったことだと何度も伝えているが、なかなか母は割り切ることができないようだ。


だから父は、愛している妻にそんなつらい思いをさせている相手、叔父クエリーシェルのことを快く思っていないようだった。


僕が物心ついたときからその言動をしていたから、きっとその感情はかなり根深いものとなっているのだろう。今もなお、父は叔父と会うことをできるだけ避ける傾向にあるように思う。


(父は愛情深い人ではあるけど、嫉妬深いというか一度敵と認めたらとことん排除するきらいがあるからな)


ーー大公という地位にあるものの定めだ。有用なものは重用するが、無用なものは切り捨てる。


父は確かに公人として有能な人物ではあるが、何となく人としてはあまり好きにはなれなかった。自分が父のようになれるか、と言われれば恐らく無理であろう。


きっとそこまでドライになることができず、切り捨てるということは僕にはできない。


そして、父が望むような大公としての思想を継承したいと思えないため、父の望みや期待と自分の意思の間で板挟みとなった感情が悲鳴をあげる。


やらされることと、やりたくないこと。大人であれば分別もつけなくてはいけないだろうが、僕はまだ子供で、そういった大人特有の割り切った考えなどできるはずもなかった。


母もそれがわかっているのか、あえて僕に父が望むような人間であることを押し付けることはなかった。それはやはり叔父への後ろめたさもあるのだろうが、それでも少しでも僕に寄り添ってくれる母のことが好きであった。


だが、この環境から逃げ出すことができないこともわかってはいた。大公家の長男として生まれたからこその責務。それが僕に重くのし掛かるが、それを振り払うことも払いのけることもできず、僕はただ受け入れるしかなかった。


だからこそ、母も僕に理解は示してくれるものの、父に対して決して僕のことを言及することはしなかった。


(もし、僕が逃げ出したらどうなるのだろう)


逃げ出すなら山か海か。コルジールは広いから、他家の領地でうまく隠れれば、隠れられるかもしれない。


食糧と少しばかりの財産を持って。その地で畑を耕して、貴族でも何でもない別の者になって、新たな人生を送る。そしてもし逃げ出すなら、1人ではなく、できればリーシェさんと共に行きたい。


ありえないことを想像しながら、妄想に浸る。それが、なんだか少しだけ、幸せだった。

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