第55話 やり直し

「すっかり体調も良くなったようだな」

「えぇ、おかげさまで。どうもありがとうございました」


クエリーシェルは今日も仕事終わり、夕食も終え、湯浴みを終えたのかサッパリした様子で私の部屋にやってきた。


彼は意外に潔癖というか綺麗好きのようで、朝と夕、2度湯浴みすることが多い。


身体を動かすからか、それとも身体が大きいからか、とにかく汗をかくようで、私がここで世話になって風呂を用意して以来、毎回違った薬湯を楽しんでいるようだ。


(まぁ、今まで帰ってきてすぐでも、別段汗臭いと感じたことはないけど)


とっぷりと日が暮れ、秋も終わりかけだ。夜はだんだんと冷えてきたからか、彼の格好はいつもの麻の薄手のチュニックから、少し厚めの綿でできたチュニックに変わっている。


「寒くないか?」

「特には。寒いようでしたら火起こしします?」


暖炉は、先日バースと一緒に煙突や排煙口を掃除して使えるようにしてある。この部屋にも一応排熱口があるので、気休めではあるが、多少は暖かくなることだろう。


「いや、いい」


そう言って、ベッドに腰掛けるクエリーシェル。私がずっと寝ているから、布団は確かに暖かいだろうが、相変わらず距離感が近い。


(嫌ではないけど、ドキドキする)


昨日の今日だ。あの感触を思い出して、また顔が熱くなってくる。一体何度同じことを思い出して恥じ入るつもりだと、自分で自分を叱咤する。


「どうした?また熱がぶり返したか?」

「いえ、そういうわけでは……」


頬に手を当てていると、その上から大きな手で覆われる。そして、手を取られて顔を外されると、私の赤くなった顔が露わになってしまった。


「ほら、赤いぞ」

「それは、昨日を思い出してしまって……」

「昨日……?」


未だに、自分のやらかしに気づいていないクエリーシェルにヒントをあげるように「昨日、水を」と言えば、「あぁ、リーシェが噎せたときか」と口にしたあと、急に黙り込むクエリーシェル。


そして、私とは比べものにならないほど一気に真っ赤に染まる顔。どうやら、やっと気づいたようだった。


「す、す、す、すまない!わざとじゃ、いや、わざとというか、その、何だ、気づかなかったというか!つまり、その、あの、そういうつもりでしたわけでは……!」

「……そうだろうな、と何となく思っていました」


何だろう、人が焦っているのを見ていると自分が恥じていたのが馬鹿らしくなる。というか、ここまでテンパられると、逆に冷静になるのが不思議だ。


「大丈夫です。でも初めてではあったので、ちょっと驚きました」

「は、初めて、だったのか……!それなのに、私は……っ」


最早コントのように百面相をしているクエリーシェルに、だんだんと笑いがこみ上げる。少しだが、傷ついたり憤りだったりあったはずなのだが、彼を見ていたらどうでも良くなってきた。


「リーシェ、その、なんだ……」


手を握られたまま、真っ直ぐ見つめられる。顔は相変わらず真っ赤だが、顔は真剣な表情だった。


「私は、リーシェが好きだ」


まさか告白されるとは思わず、固まる。


(いや、そうか、この流れではこう来てもおかしくはないか)


経験値が低いため、雰囲気というかそういうムードや流れがわからなかったが、こうして一通りの流れを振り返ると何らおかしいことなどなかった。


「……あ、ありがとうございます」


胸の奥がむず痒い。恥ずかしい、というのもそうだが、いざ改めて言葉にされて相対すると、嬉しさが込み上げてくる。


彼の真剣さというか、真摯な気持ちがダイレクトに伝わる。それがとてつもなく嬉しくて、今まで感じたことのない幸福が身を包んだ。


「その、昨日は意図してやったつもりはなかったのだが、リーシェの気持ちも汲まずに強引にしてしまったことは詫びよう、……申し訳ない」

「いえ、私も嫌だったというわけではなかったので。本当に、ただびっくりしてしまって」

「嫌では、なかったのか……?」

「えぇ、まぁ、私も……ケリー様のことは好きです、ので……」


だんだんと言葉が尻すぼみになっていく。つい言ってしまったが、恥ずかしい。ここのところ羞恥心で死にそうになったことが幾度とありすぎて、思考がもう飽和状態だ。


「ほ、本当か……!?」

「何度も言わせないでください」


また羞恥が込み上げてくるじゃないか、と思っていると、ガバッと抱き締められる。ちょうど顔が彼の胸板に当たるが、クエリーシェルの鼓動がとてつもない速さなことに気づいて、ちょっと落ち着く。


「リーシェ、好きだ」

「はい」

「その、恋愛とかしたことがなくて、私もよくわかっていない部分が多々あるだろうが、とにかくリーシェと共に生きていきたい」

「はい」


(なんか、セリフが告白というよりもプロポーズに近い気が)


そう思いつつも、彼も余裕がないのはわかっているからあえて指摘はしなかった。そして、プロポーズまがいのその告白に対して、嬉しいと思ったのも事実だ。


「リベンジさせてくれ」

「はい?」

「昨日の、その……キスをしてもいいだろうか?」


真剣に、一体この人は何を言い出すのだろう、と素で疑問に思う。というか、こういうことって改まってお願いすることなのか?


だが、ひたむきなその瞳は、恐らく彼の素直な心を表しているのだろう。よく言えば、彼は誠実すぎるのだ。


「……改めて言われると恥ずかしいので、するならちゃちゃっとしちゃってください」


我ながら可愛げがないが、もう本当にこれ以上恥ずかしくなると爆発しそうなので、勘弁願いたい。


身体が離れると、頬に手を当てられ上向かれると、ゆっくりとクエリーシェルの顔が近づく。


(これがファーストキス)


目を瞑ると唇が触れ合う。


少し冷えていたそれは、柔らかくてちょっとカサカサで、でもとっても幸せなものだった。

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