第4話 御令嬢

彼女はクォーツ家の代わりに新しく領主として就任したファーミット家の御令嬢、ぺルルーシュカ・ファーミット。


コバルトブルーの大きな瞳、長い栗毛をハーフアップにし、今流行りのパールピンクに花柄のドレス。


そのドレスはとても貴重なサテン生地で作っている辺り、相当なファッション通というか、ドレス道楽に違いないと想定できる。


(マルグリッダ様と気が合いそう)


ここに来たのは就任後に各地の交易品の確認と、この地の領主であるクエリーシェルに挨拶をかねて来たそうだ。


だが、運悪く無法者とぶつかってしまい、そのまま金づるとしてちょうどいいとばかりに捕まってしまい、先程のような状態になってしまったそうだ。


何とも運が悪いというか間の悪いというか。領主不在で、土地勘のない新領主の御令嬢が護衛なしにならず者の放浪者に捕まる、こういう悪いことが起きるときは悪いことが重なるものだ、と改めて思う。


(ペンテレアが滅んだときもタイミングが悪かったのよね。こういう負のタイミングも善のタイミングも、重なるときは重なるのが厄介だわ)


今回、強いて良かったところといえば私が早い段階で把握し、問題が起きてからあまり時間をかけずに解決できたことくらいだろうか。今はもう何事もなかったかのように、港町ブランカはいつもの賑やかさを取り戻している。


こういう部分はクエリーシェルの指導の賜物というか、国王と同じく手腕がよいのだと思わざるを得ない。恐らく、なんだかんだで彼等が意気投合している部分はこういうところだろうと少しだけ納得する。


とはいえ、今回はたまたま無事解決したから良かったものの、もし複数犯だったり計画犯だった場合は私だけではどうしようもなかった。戦争の気配もいよいよ色濃くなってきたことだし、なるべく気を引き締めなくてはならない。


(この辺の采配もよく考えないと。身分証の提示を求めるとか許可証を配布するとか、うーん、でもそうなると予算やら法整備やらしないといけないし、あーもうー!やることがいっぱいある!!)


「はぁ、リーシェ様ぁ……」


ぺルルーシュカからうっとりと見つめられ、今までなかったタイプの人間に困惑する。


こういう場合の対処方法がイマイチわからず、上手くあしらうことができない。


とりあえず「ぜひ我が家に、私の騎士として来て!」とお願いされたが、私は騎士でなくメイドだと弁解したら、今度は「では、ぜひ私のメイドに!!」と改めてお願いされてしまった。……全く困ったものである。


「私はヴァンデッダ家のメイドでして、雇われの身。私の一存では決めかねます」

「まぁ!ではわたくしからヴァンデッダ卿にお願いしてみますわ!!」


やはり、ありきたりな断り文句で諦めるような御方ではないことはわかった。悪い人ではなさそうだが、ロゼットとは別の意味で御令嬢然とした方のようだ。


(うーん、どうしたものか)


ファーミット侯爵夫妻からも先程とても感謝されて、「ぜひとも我が家に!」と熱望されてしまったし、私ではもう対処できる範疇を越えてしまっている。あとはこれからこの事件の後始末で来るというクエリーシェルの対応次第だ。


「リーシェ!」

「お早いご到着で」


血相を変えて走ってくる大男は、まさしくここの領主クエリーシェル・ヴァンデッダその人だった。


「大丈夫なのか?怪我はないか?!まさか、本当にトラブルが起きるとは」

「えぇ、私は特には何ともなく」


澄ました顔をして私はただの傍観者であったオーラを出す。当事者であるとバレたらなんと言われるかたまったもんではない。


「まぁ!貴方がヴァンデッダ卿?!」


ぺルルーシュカは大柄なクエリーシェルに怖気付くことなく、先程の調子で詰め寄っている。ある意味肝が据わっているというか、大物である。


「あぁ、いかにも私がクエリーシェル・ヴァンデッダだが、何か?」

「私、ファーミット侯爵の長子ぺルルーシュカ・ファーミットと申します。ぜひともリーシェ様のお身請けをお願いしたく!」

「はぁ……って、はぁ?!」

「リーシェ様は私の救世主なんです!それはもう素晴らしい身のこなしで悪漢をやっつけてくださいまして!!建物から何者かが舞い降りたと思ったら、悪漢を一瞬で薙ぎ払う姿はもう!私、思い出すだけで胸が高鳴って……!!」


(あ、ヤバい、こちらには口止めしていなかった)


恐る恐るクエリーシェルの顔を見れば、私の方も見ながらニッコリと素敵な笑みを浮かべていた。……目は笑っていないが。


「ほほう、建物から飛び降りて、悪漢を薙ぎ払うと……それはまたなんとも、なぁ。リーシェ、詳しい話を聞かせてもらおうか?」

「……はい」


これは観念して洗いざらい話さねばならぬようだ。


明らかに不機嫌なクエリーシェルに、傍らでトキメキが止まらず熱弁しているぺルルーシュカ。リーシェは密かに溜息をつくのだった。

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