1.5章 【緩和休題・過去編】
リーシェ編
「ステラ、ちょっと貴女どこに登っているの!」
下から聞き慣れた声がするなと見下ろすと、おろおろする使用人達に紛れて姉も不安げにこちらを見ていた。
「雛が落ちてたから戻してあげてたの!さっきちょうど親鳥いなかったから、いいタイミングだと思って。今戻るわ」
よいしょっ、と木の上で態勢を整えると、下から悲鳴が聞こえる。
「ちょ、ステラ。危ないわよ、落ちないでちょうだいな」
「大丈夫ー!」
そのまま木の幹から地上に飛び降りると、さらに
「もう、貴女は相変わらず無茶ばっかり」
「ごめんなさい。でもさっきのタイミングでないとあの子を元に戻せなかったから」
「そうかもしれないけど。もう、使用人もびっくりするのだから無茶はダメよ。咎められるのは貴女ではなくてこの子達なのだから」
(別に、これくらいの高さなんてどうってことないのに)
「……わかった、気をつける」
そう私が言うと、安堵するような表情になる姉に、少しだけ罪悪感が湧いた。私のことを誰よりも心配してくれているのは、恐らくこの姉だ。
幼いながらも、我ながらそういう人の機微には目敏いほうだと思っている。だから、両親が自分のことも遠巻きにしていることはなんとなくわかっていたし、そのぶん姉が私のことを気遣ってくれているのもわかっていた。
「そういえば、姉様はどうしてここに?」
「忘れたの?今日はカジェ国との交流晩餐会があるからアーシャが来てるのよ」
「」
「あからさまに嫌な顔しないの」
カジェ国の姫、アーシャは姉様よりも年下だが、私よりも8つ年上だ。そのせいか、姉と一緒になって私をからかうことが多くて、正直あまり好きではなかった。
ちなみに自他共に認める美貌と才女だということを自分で言ってしまってる辺りも特に好きにはなれない要素の1つだ。
けれど、実際に性別や種族の垣根を超えてしまうほどに、誰も彼もが美しいと思えるくらいの美貌の持ち主なところが嫌味だと思う。
また造詣にも深く、多国語を使いこなし、芸術や文化にも詳しく、自分にない知識をたくさん備えているところがさらに憎たらしいと思ってしまう。
(要は徹底的に合わないのよね、アーシャとは。あっちはなぜか一方的に私を構いたがるけど)
「ステラはどこ?って探してたからほら早く支度して」
「えーーー。私は今急に発熱したことにできない?」
「そんなことしたら、お父様とお母様が困るでしょ」
「……着替えてくる」
「そうしてちょうだいな」
自室に戻り、すっかり泥だらけになってしまった簡易ドレスを脱ぎ、メイド達に正装に着替えさせられる。
このときにコルセットをこれでもか、と引っ張られるのがつらい。元から太らない体質なのに、締め付けられることでさらに平坦な身体がぺったんこになってしまう。
(コルセットのせいで私の胸ぺったんこになってるのでは?いや、でも姉様はすっごい大きいし。お母様も大きい。……なぜ私だけ)
大きくなったら必然と胸も大きくなるだろうか、と貧相な自分の胸を眺めるが、8歳と言えど同年代の子達はまぁまぁ発達してきている気がする。
そういえば、先日会った同い年の貴族の娘は胸が痛いとサラシを巻き始めたと言っていた。
(食べるものが悪いのかしら。でもみんな同じもの食べてるし。なら運動量?確かに運動量はあるけど、それに比べたら女性騎士の胸のサイズが大きいのはおかしいし)
うんうんと考えるけど、どうやっても結論は出ずに先に支度の方が終わってしまった。
(アーシャに会ったあとに図書館で調べよう)
そう予定を立てると意を決して、姉と合流してアーシャがいるという中庭園へと向かうのだった。
「もうー、ステラ、待ちくたびれたわ」
姉と一緒に中庭園へ向かうと、目敏く私を見つけるアーシャ。相変わらず黒目がちな瞳に漆黒の艶めく長い髪は健在で、本日の民族衣裳と相まって美しいと言わざるをえない美しさだった。
「ちょっと用事があってね」
「いつも忙しそうにしてるものね。そうそう、これお土産。何かわかる?」
こうやってアーシャは来るたびに物珍しい土産を持ってくる。だが、これはただの土産ではなく、私の知識量を測っているということは経験則から周知の事実だ。
(さて、今回は何かしら)
今回は細い形状をした物だった。持つと軽い。そして、端を持ちながら引っ張ると中からパタパタパタと折り畳まれた鮮やかな色合いの布が出てくる。
(これは知ってる)
「何だと思う?」
「扇子ね。東洋の国のものでしょう?確か本で読んだことあるわ」
「なぁんだ、知ってたの。残念」
久々に当てることができて、我ながら満悦である。前回の乾式羅針盤はついぞ当てられず悔しい思いをしたのでリベンジ成功、と言ったところか。
「では、(この言葉わかる?)」
「は?」
急に異国語を話されてぽかんとする。姉を見てもこちらもさっぱりのようでお手上げであった。
「この国より西洋にある、コルジールという国の言葉よ。知らなかった?」
「……っ、不勉強ですみませんね!」
「ふふふ、ステラもまだまだね」
その言い方に大人気ない、と思ってしまうが、自分の知識不足なことも悔しくて歯噛みする。調べることが増えたな、なんて思いながら図書館や観光客などから教わろうとステラは心に誓ったのだった。
「もう、いつもステラをからかわないでちょうだい?」
「だって面白いのですもの。打ったら打っただけ響くし、まるでスポンジのようにどんどん知識を吸収するし。姫としての枠に嵌っているだけでは勿体ないわ」
「そうね、あの子はどんどんと知見を広めているから、できれば本人が望むように生きて欲しいけど、この身分で生まれたからにはそう簡単にいかないのが定めよね」
何やら姉様とアーシャが話しているが、思考に夢中であまり聞いていなかった。少し深刻な話をしてるような顔つきだけど、一体何を話していたのかしら。
「何を話していたの?」
「ステラをカジェに連れて帰りたいって話」
そう言ってアーシャに指で鼻を弾かれる。
「痛っ!」
「もう、ステラをいじめないで。それに私の大事な妹なのだから、アーシャにはあげないわ」
「えーいいじゃなーい。私もステラが欲しいわ」
「私はペンテレアで一生過ごすつもりよ」
(どうせ姉様が他国に嫁ぐなら、私はここで一生独身でいるか、婿を取るのだろうし)
「確かに、ステラを貰ってくれる殿方なんて、相当
「どういう意味!」
きゃいきゃいとどうでもいいことで騒ぐ。この時間がかけがえのないものだと気づくのは、それほど時間はかからなかった。
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