第42話 決意
「ヴァンデッダ様!こちらに!!」
ニールが気を利かせて、走れそうな馬をいくつか確保している。ニールは私達を見るやいなや馬に跨り、「では、先に行きます!」と疾風のごとく走り去って行った。
「私達も行くぞ!」
「はい!」
ドレスの裾をガバッと持ち上げると、一気に馬に跨る。クエリーシェルから、動揺した声が漏れ聞こえたが、それどころではないので、あえて無視する。
「私が先導しますから、ついてきてください!」
「本当に場所がわかるのか?」
「もう地図は頭の中に入ってますし、地形等々も把握済みですので、ご安心を!恐らく奴は、帝国に渡るために船を利用するはずですので、港町に先回りします!!」
そう、恐らく彼は隣国マルダスではなく、帝国を頼りにすることだろう。
隣国マルダスへ行く可能性もあるが、この夜更けにあの国境付近にある大山脈へ行くとは考えにくい。そして、ここから遠路となる帝国へと向かうとなると、陸路だとリスクが高くなる。
総合して鑑みるに、この国を脱出することを想定すると、航路を使う可能性が高く、また自分が現在掌握している港町が有力候補なのである。
「港町?!ここからだとだいぶ遠回りになると思うが」
「川近くに抜け道があります。そこを馬で通れば近道になります。とにかく、ついてきてください!」
馬の横腹を蹴って、勢いよく走らせる。暗くてあまり前は見えないものの、日中の記憶と脳内地図を頼りに走る。
「こっちは泥濘んでいるので、この岩の上を通ってください!」
「いつの間に覚えたんだ!?」
「それは、……秘密です!」
馬の手綱を握り、岩を跳びながら駆け上がる。するともう港町が眼下に広がっていた。
「これで先回りできたはず。恐らく、港町にはバルドルの手先がいるでしょうから、お気をつけて」
「何を言っている。気をつけねばならないのはそっちだろう」
最もなことを言われるが、先程と今とでは状況が違うので、大丈夫な自信があった。誇れることではないが、だてに悪運は強くないと胸を張って言える。
「自分の身は自分で守れますので、ご安心を」
「先程の今じゃ、説得力に欠けるぞ」
「いいからご安心を。制約がなく、得物さえあればご心配無用ですので!」
言い合いしながらも、一気に丘を駆け下りていく。普段よりも明るい街並みは、賑やかというよりも魔窟のような、ギラギラとした光がひしめき合っていた。
「……これは、どう考えても2人じゃ無理じゃないか?」
「無理ではありません、突破します。先に謝っておきますが、国王陛下への言い訳を考えておいてください。大丈夫です、恐らく死人は出しません」
港町の門の周りで静かに馬を降りたあと、懐に忍び込ませていた袋を取り出す。そしてマッチで火をつけると、門内に袋を投げていく。
「一体何をしている?」
「ここら一帯を燃やします」
「はぁ?!」
ボフンっ!と大きな音が上がったと思えば、火の手が上がる。そして、リーシェはいくつか袋を同様に投げ込むと、中にいた傭兵らしき人々の悲鳴が響き、港町は何者かの急襲にパニックを起こしているようだった。
「どこでそんなものを」
「乙女の嗜みです」
「もうツッコミすら入れる気力が起きないが、まぁいい、突破するぞ!」
「はい!目標はバルドルの船を撃沈させるか、本人を捕らえることです」
「あぁ、わかっている」
門に侵入すると、パニックになってる隙に一気に傭兵に畳み掛ける。さすがは歴戦の猛者というだけあって、クエリーシェルはとても強かった。普段とは違う戦場の顔に、恐怖よりも先に卓逸された勇ましさに、思わず魅入ってしまいそうになった。
(私も負けてはいられない)
競う必要もないが、とりあえず近くにあった得物を取る。軽く握って手に馴染ませる。
(ステラは女の子なんだから)
(ただ、静かに、安らかに死ぬの)
(国とか姫とか関係なく、ただの女の子として生きて)
(生きて生き延びて、私の分まで生きて。大丈夫、貴女はとても強い子だから)
(もう嘘はつかない。視えるの、貴女の幸せな姿。本当よ?)
姉の最期の言葉が蘇る。ギュッと抱きしめ、私に希望を託してくれたことを思い出して、胸が詰まる。
(ごめんなさい、姉様。私はやっぱり言うことを聞けないわ。私は安らかに死ぬために、戦うことを選びたいから)
「さぁ、行くわよ、私!」
自分を鼓舞する。ここで死ぬわけにはいかない。ここを安寧の地と決めたのだから……!
「我が名は、ペンテレア国、第二王女ステラ・ルーナ・ペンテレア!帝国の仇にして、ペンテレア国の生き残りである!!」
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