第20話 迷子

ホクホク顔で、馬車の場所へと戻る。いい買い物ができて、久々に気分がいい。


「これで、本日のお買い物は終了ですね」

「そうだな、無事に目的のものが買えて良かった。あぁ、ちょっと私は兵士達に伝えることがあるから、先に馬車に乗っていてくれ」

「はい、お気をつけて」


そう言って領主が行ってしまうのを見送ると、不意に泣いている子供が視界に入る。褐色の肌、恐らく異国のものだろう。リーシェは泣いている少女の前にしゃがみ、視線を合わせた。


「どうしたの?お母さんと、はぐれちゃった?」

「(ママーママー!!)」


喧騒などで上手く聞き取れなかったが、この言葉には聞き覚えがあった。


「(お母さんと、はぐれちゃったの?)」

「(っうぐ、えぐっ、うん、ママ、いなくなっ……ちゃった)」

「(じゃあ、お姉さんと一緒に探そうか)」


頷く少女の手を握って立ち上がる。異国の地でこの人混みの中、言葉も通じず、とても心細かったことだろう。


先程領主とはぐれたとき、私でさえ焦ったのだ、気持ちはよく理解できる。彼と繋いだ手よりも小さいそれは、しっかりとリーシェの手を掴んでいる。


「(お名前は?)」

「(アルル)」

「(アルルちゃんね。私はリーシェよ)」


「(さぁ、お母さん探しにしゅっぱーつ!)」とわざと明るく声を出すと、アルルはちょっとだけ気が紛れたのか、ふっと表情が和らいだ。


「(お母さんとはどこではぐれちゃったの?)」

「(お花屋さん)」

「(お花屋さん!綺麗だものね。アルルは何のお花が好き?)」

「(ジャスミン!)」

「(いい香りよね、私も好き)」


話しながら花屋に行くが、そこには彼女の母親らしい人はいなかった。恐らく、母親も彼女を探していることだろうと、真っ先に情報が入りそうな兵を探していると、先程領主が声かけした新兵が目に入った。


「あの!」

「はい、あぁ、先程領主様の……」

「メイドをしております、リーシェと申します。あの、この子のお母さんをご存知ありませんか?迷子のようで」

「でしたら先程!ちょっと待ってください、案内します」


よかった、やはり聞いてみるもんだ。不安げなアルルに「(お母さんいるみたいだよ)」と伝えると、彼女の小さい手にギュッと力が入った。


「(ママーーーー!!!)」

「(アルル!)」


着いた先にはアルルの母親であろう美しい女性と、なぜか領主がいた。


「なぜケリー様がこちらに?」

「いや、言葉が通じなくて困ってるとのことで呼ばれたんだが、私もわからなくて困っていたところだ」


なるほど、確かに私も久々に耳にした言語だし、この国には馴染みのない言葉だろう。もしかしたら、国の中でも喋られる人は限られているのではなかろうか。


「リーシェは迷子の案内か?」

「えぇ、馬車の近くで泣いていたので」

「もしや、言葉が……」

「ある程度はわかります」


領主は何とも言いがたい顔をしている。まぁそりゃそうだ、まだ16の小娘がここまでよくわからない知識の塊であることは、普通誰も信じられないだろう。


「(あの、アルルを連れてきていただき、ありがとうございました)」


声をかけられ、そちらを向く。しかし母親の顔をしっかりと見た瞬間、見覚えがあることに気づき、リーシェは固まった。


「(い、いえ、お気になさらず)」


努めて冷静に答えるが、心臓が飛び出そうなほど早鐘を打っている。血の気はひいていて、今にも倒れそうだった。


(どうして、この人がここに)


以前見た時よりはだいぶ大人びているが、間違いない。見間違うはずがない、彼女はカジェ国の王妃アーシャである。


(なぜアーシャが)


かつての知り合いに会って目眩がする。


さすがに、会ってから年月が経っているから私に気づくことはないだろうが、でももし気づかれたら、と思考がぐるぐると回る。


手が汗ばむが、どうすることもできなかった。その様子を知ってか知らずか、ジッと見つめてくる瞳にじっとりと汗が滲む。


「(あら、あなたどこかで会ったことが?)」

「(いえ、そんなことは、ないと思います)」


全力で否定する。そうせざるを得なかった。


「(……そう、私の幼馴染の娘にそっくりな気がしたのだけど。最後に会ったのはそうね、えぇ、ちょうど、アルルよりもちょっと上くらいのときにお会いした)」


ギクリと再び固まる。確実に気づかれている。そういえば、こういう意地の悪いところがあった、と今更ながら思い出す。


彼女の真っ黒で黒曜石のように美しい瞳に見つめられると、何もかも暴かれているような気がして落ち着かなかった。


「(きっと他人の空似でしょう)」

「(そうよね、その子の国は滅んでもうないはずだし)」


息が止まるかと思った。いや、実際止まったのだろうか。王妃を見ると、少し意地の悪そうな笑みを浮かべたあと、人差し指を自らの唇に当てた。


(お互いさまだから見逃そう、ということだろうか)


きっと彼女もお忍びでここに来ているに違いない。でなければ、護衛がいないのは不自然だ。彼女の意図は掴めないが、内心一先ず安堵する。


「リーシェ、帰るぞ」

「あ、はい!(バイバイ、アルル)」

「(バイバーイ!ありがとう、リーシェお姉ちゃん!)」


アルルに手を振り、王妃には頭を下げる。もう会うことはないように祈りながら、彼女達と別れた。


「何を話していたんだ?」


聞かれてドキっとするが、口調を穏やかに意識しながら「ただの世間話です」というのがやっとだった。


「先程の者達はどこの国から来たんだ?」

「カジェ国です」

「カジェ国、そういえば今度カジェ国から来賓があると言っていたような」


(えぇ、その来賓が先程の方達ですよ)


なんてこと言えるはずもなく、リーシェは押し黙った。薮蛇になどなりたくない。下手なことをして墓穴を掘るのはごめんだった。


「そうだ、リーシェ」

「はい?」


領主から包みを渡される。訳がわからず、首を傾げていると「先日のハンカチーフのお礼だ」と言われた。


「いえ、でもお礼をいただくほどのようなことは」

「とりあえず開けてみろ」


促されて開けると、中には先程目に留まった可愛らしいバレッタがそこにあった。


「どうして」

「気に入ったのではなかったのか?」


あの一瞬で気づくなんて。さすがに戦地に赴くだけあって、洞察力には優れているようだ。


「ですが、私がいただいても」

「付ければよかろう。何、誰に見られるでもなし、雇い主がつけろと言っているのだ。それとも何か、私につけろと?」


熊のような大男が頭に可愛らしいバレッタをつけるところを想像して、思わず噴き出しそうになった。


「ありがとうございます。大切にさせていただきます」

「あぁ、そうしてくれ。買ったかいがある」


色々なことで掻き乱されていた心が、少しだけ彼のおかげで平穏を取り戻した。

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