第10話 領主の衣装

「シュタッズ家のパーティー、ですか」

「あぁ、なので確かに各国の要人は集まると言えば集まるな」

「なるほど、一応名目はどのような?」

「舞踏会と記載はされているが、実際はどうだかな」


家に着き、荷物を片付けたあとに早速彼からの頼まれごとであるパーティーの詳細を聞く。


(ふむ、となると、お互いの牽制も兼ねているのか)


シュタッズ家と言えば、国内屈指の大貴族である。


また、大きな貿易商でもあるので、恐らく表向きは舞踏会ということで、ご子息かご令嬢の顔見せと言ったところだろうが、昨今の情勢を鑑みて、交渉をする場も兼ねているのであろうことが想像できる。


そこに領主である彼を呼ぶということは、ただ彼への良縁を繋ぐためか、はたまた別の何か繋がりを持ちたいということか。


(無駄なことを考えていても仕方ないか)


とりあえず舞踏会だと言うのなら、それなりの見目になるようにしなければならない。領主は未婚ということで、ある意味この舞踏会でのメイン客層である。


婚活も兼ねているのなら、恐らく妙齢のご令嬢もたくさんいるはずだ。ということは、いかにこのでかい威圧感を抑えて、清潔感と紳士的な要素を兼ね備えて素敵に見せるかが重要である。


(なるほど、さらに難易度が上がったぞ)


「今、お手持ちの衣装を拝見しても?」

「あぁ、構わない」


クローゼットを開ける。


リーシェはキョロキョロと中身を見回したあと、静かに扉を閉めた。


「…………あの、失礼ですが、これで全部ですか?」

「あぁ、そうだが」


リーシェは思わず目眩がした。


いや、男性だから毎回服を新調するようなことはないだろう、ないのだが……!


(明らかに量が少なすぎる!!!そして全部黒だし、シンプルすぎるー!!!!)


「ダメです」

「は?」

「1着じゃ足りません。せめてもう2、3着、いや!できれば今後5、6着はご用意しましょう!」

「そんなにか?」

「そんなにです!」


力強くハッキリとそう口にする。


(そもそも、今あるのだってボロボロじゃないか)


そりゃ、妙齢の女性が敬遠するのも頷ける。


こんな大男がボロボロの装いで来たら、野山から下ってきた野生児以外の何者でもない。いくら見た目がよく、それなりに資産のある領主であろうともだ。


「早速仕立屋の手配を致しましょう。1週間後なら、とりあえず1着だけでも早急に手配せねばなりません。あと、拘りがないなら御髪も切らせていただきます」

「あ、あぁ、わかった」


リーシェの迫力に、クエリーシェルも思わず慄く。今まで、少女からこのように鬼気迫った表情をされたことなどないだろう。いや、実際は不敬もいいところだが、リーシェにはそんな余裕など全くなかった。


「あと、今後は黒以外のお色でお選びください」

「黒じゃダメなのか?」

「黒だとさらに威圧感が増します。戦場でなら黒や赤などが良いでしょうが、パーティーならば白など柔らかい色味の方がケリー様にはお似合いかと」

「そういうものか」

「そういうものです。せめて妥協して、深緑などでもいいとは思いますが、なるべく黒は避けてください。もちろん差し色として入れる分には差し支えありませんが。あと、基調の色を決めたあとデザインも決めますので」

「あまりフリルとかはつけて欲しくはないのだが……」

「でしたら刺繍を入れましょう。1週間あればどうにか……いや、どうにかしてみせましょう」


リーシェはうんうん唸りながら、脳内でスケジュールを整理する。普段の業務に、さらに刺繍も付け加えるとなると、夜なべせねばならなそうだ。さすがの仕立て屋も、一式全部に刺繍を施すとなると難色を示すことは目に見えている。


(これは、庭掃除とかしている場合ではない)


予定は色々と狂ってしまったが、これはこれで重要なイベントである。なんとしてでも成功させねばならない。


リーシェは領主に手紙を書いてもらうと、「仕立屋に行って参ります!」と足早に家を出て街へと下る。


すごい勢いで走るあまり見かけない少女に、街の人々も目を丸くしていたが、リーシェは気にせず、仕立屋に着くやいなや、手紙を差し出して「今すぐに来てください!」と懇願するのだった。

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