第3話 領主の家
「着きました」
結局いくつか馬車を乗り換え、彼の家に着いたのは朝方のことだった。
(あぁ、眠い……。お尻痛いなぁ)
欠伸を殺しつつ、レディにしてははしたないことをつい思ってしまう。
早馬の馬車はさすが早馬というだけあって速かったが、いかんせん馬が荒いため乗り心地は非常に悪く、リーシェは腰や尻を
(で、でか……っ!)
声に出さなかった自分を褒めたい。
いや、正直屋敷って言っても、そこまでの大きさはないかなー、とタカをくくっていたが、ところがどっこい……小さい城くらいの大きさがあるではないか。
石造りであろう古城にはぐるりと門で覆われ、お伽話に出てきそうな塔まで付いている。恐らく庭園もこの奥にあるだろうことが想像できて、少々目眩さえ覚えるほど立派な城である。
これ、よく1人でメンテナンスできてたな、このおっさん見た目によらず有能だな、と失礼極まりないことを考えながらこの家主を見る。
「ここが今日から君の家だ」
「ありがとうございます」
「とりあえず疲れただろう、今日は適当に寛いでくれ。私はこれから王都へと向かわねばならんので失礼する」
「は、……え?!」
まさかいきなり1人でお留守番?!とびっくりして縋るような目で見てしまうと「あぁ、家の中のものは適当に使ってくれて構わない。ものの場所とかは勝手に見て把握してくれ」と見当違いのフォローが入る。
いやいや、そうじゃなくて、普通見知らぬ者引き入れて、さぁ勝手にやってくれって私が盗人やら間者やらだったらどうするつもりなのか。
ここで先程のニールの心配が、ようやく理解できた気がした。
「いきなり私だけにしてご心配はないのですか?」
「ん?心配するようなことをするつもりなのか?」
(何この人、天然なのかはたまた策士なのか……)
「いえ、そんなことはないですけど」
「では、急ぎなので留守を任す。恐らく帰るのは早ければ今夜か明朝だろうが、私のことは気にせず先に寝ておいてくれ」
「はぁ。いってらっしゃいませ」
「あぁ、いってくる」
つい気のない返事で見送ってしまったが、どうしよう。これはまぁ……想定外である。
とりあえず屋敷、というかこの古城を把握せねば。オールワークは今までやったことはないが、まぁどうにかなるだろう。いや、どうにかせねばならない。
いくら変わり者の領主と言えど、使い物にならない者を置くほど寛容ではないだろうし、そもそもあのニールという男の思い通りになることも気に食わない。適当に生きていたリーシェだが、これでもそれなりに負けず嫌いだし、誇りは持ち合わせているのだ。
リーシェは気を持ち直し、意を決し古城の中へ入って行った。
(うん、ですよねー……)
これはまぁ、想定内である。
そりゃ1人で、使用人もいなくてほぼ留守がちな主人だけでこの古城を管理するには、さすがに限度がある。ということで、蜘蛛の巣が張ってあったりネズミが走り回っていたりと、やることはたくさんあることはわかった。
(とりあえず、やることを整理しよう)
まずは掃除しながらこの城内の確認をして、洗濯できるものは洗濯して、繕うものは別けて、足りないものはリストアップして。……うん、やること半端ない。
「寝る暇ないなぁ」
道中、ついぞ寝ることができず今に至る。睡魔は眼前で「こんにちは」しているが、この目下の状況を鑑みて、すぐにそのまま寝れるほど人間腐っちゃいなかった。
領主、もしくはニールにぎゃふんと言わせるくらいの働きをして、私は自らの安寧の場所を手に入れなくてはならないのだから。
使用人として出来る限り、いやそれ以上はやらねばならぬと使命感を感じる。
(雇われたからにはそれなりに頑張らないとね。目指せ大往生!)
空を見上げる。この風とこの太陽、雲の流れや形、うん、今日は快晴になりそうだ。
リーシェは気合いを入れると、まずは掃除をするために散策しながら掃除用品を探すのだった。
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