第34話・みんなで文化祭へ⑨

 出口で控えている白衣を着た男子生徒に、「お大事になさってください」と言われたので、秀達も返事をした。

 暗い場所から急に明るい廊下に出たため、眩しくて見えづらかった。


「うわ、眩しい!」

「本当です」

「目が開けられないよ~」


 目が慣れると、いつの間にかキツネの診療所前が人でごった返していることに気がついた。

 話をするには、少々うるさい。

 その場を離れ、人通りが少ない廊下まで移動する。


「それにしてもスゲー面白かったな!」

 秀が満ち足りた笑顔を、ふたりに向けた。

 遊園地のお化け屋敷とは全く違う感じが、凄く新鮮で良かった。

 できれば、もう一度入りたい! と、密かに秀は思っていた。

 だけど、ノーブルの蒼白な顔を見ると、次はきっと――ないだろう。

 

「ええ、想像以上に楽しめました。パンフレットの宣伝文句を信じてみるものです」

 にっこり顔で、由音は頷いた。

 パンフレットの展示団体紹介のページに、クラスまたは部の出し物のイメージ絵とキャッチコピーが書かれている。どうやら、由音はそれを見てキツネの診療所を選んだようだ。

 気になった所が偶然面白かったのは、本当にラッキーなことだった。

 これはお礼以外、何も言うことなし。


「今川、ありがとな!」


 秀はにかっと笑って、親指を立てた。


「それはそれは、気に入っていただけで光栄です。戦利品も頂きましたし大満足ですね。ノーブルさんもそう思いませんか?」

「うん、そうだね~。思ってたよりかは……大丈夫だったかも……」


 いつものキラキラが半減した笑顔で、ノーブルは言った。

 無理しているのがバレバレだ。

 未だに、身体が小刻みに震えている。


「本当に大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。それより最後にもらったこれってどう使えばいいのかなぁ?」


 心配する秀に、ノーブルはさらりと話題をそらす。

 覚悟を決めて入ったはいいが、科学部の手の込んだ演出に、ノーブルはお化け屋敷という場所に恐怖心が芽生えた。

 幽霊が見えなくても怖い場所。

 願わくば、もう二度とお化け屋敷に入りたくないな~……と、ノーブルは思った。

 

「可愛らしい巾着袋ですね。この色は、きっと稲荷寿司をイメージしているんだと、私は思います」


 もらった巾着袋を、由音は右手で摘まんで見せた。

 薄茶色で赤いのひもが付いた手のひらサイズのちいさな巾着袋。よく見ると、九尾学園の校章がプリントされている。


「あ、そうかもね~。由音ちゃん、冴えてるよ」


 ノーブルが頷いた。その隣で、秀が首を傾げる。


「でも、こんな小さい袋、貰っても何に使えばいいんだ?」

「実は私、もう気づいているんです。おふたりは何に使うと思いますか?」


 質問に質問で返す由音。

 ウインクをして、もったいぶった顔をする。


「んー、さっぱり分かんないから教えてくれ」

「何だろう?」


 女子向けの謎に、全く思い浮かばない男子達。素直に答えを聞く。


「これはサシェです」

「「サシェ?」」

「匂い袋です。一つ目のお部屋で、ノーブルさんだけがもらった石鹸が答えです」

「これが?」


 ノーブルがポケットから石鹸を出した。ラベンダーの香りが癒される。だけど、ちょっと匂いが強い気がした。


「ラベンダーの香りは睡眠効果があるんです。その石鹸を巾着袋に入れてみて下さい。ささ、ためらわずにどうぞどうぞ」

「うん」


 由音に促され、ノーブルは石鹸を巾着袋の中に入れる。

 すると、強かった匂いが丁度良くなった。


「これが答えです」

「スゲー!」

「あはは、これはいい感じだね。文化祭で快眠グッズがもらえるなんてびっくりだよ。教えてくれてありがとう」

「そうでしょそうでしょ。もっと褒めてもいいんですよ」


 自信たっぷりに、由音は胸を張る。人なっこい性格のおかげなのか、全く嫌味を感じさせない。


「でも……俺達には必要なかったな。石鹸じゃなくて過去問だったし……」


 そう言って、秀は少ししゅんとする。


「こらこら、必要がない物ではないですよ。秀さんもお好みで石鹸や好きな香りの香水などをコットンに湿らせて入れればいいんです」

「あ、そっか!」


 なるほど! と、秀は目をキラキラさせる。

 ――母ちゃんの香水でも借りて試してみよう。


「それでは、謎解きも終わりましたし、そろそろ行きましょうか」

「へ? どこに?」

「ま、まさか!」


 由音の一言に、秀は察しがつかなかった。だけど残念なことに、ノーブルはぴんと来てしまった。


「そのまさかです。まだ勝負はついていませんからね。キツネの診療所は幽霊がいませんでしたし、次に期待しましょう」


 そう告げた由音の表情には、悪意のない笑顔の花が咲いていた。そこにウインクも加わる。

 とても綺麗で、ふたりは見とれてしまう。


「お、俺は行きたいけど……ノーブルはどうする?」

「ぼ、僕!? そうだね……せっかく女の子が勝負を挑んでくれているんだし……途中で止めるわけにはいかないよね。行こう!」


 さすが、イギリス人が英国紳士と言われるだけある。

 ノーブルは、女の子をがっかりさせないように気遣いができる男だ。

 本当は怖くて行きたくないはずなのに、「行こう!」と言えるなんて凄い。

 秀は感心した。


「そうと決まれば早く行こうぜ!」


 やる気満々に、秀は歩き出そうとした。

 すると、由音が「あ、忘れていました。お手数ですがもう一度、キツネの診療所に行ってもいいですか?」」と、ふたりを呼び止める。


「ん? いいぞ」

「僕も大丈夫だよ」


 秀とノーブルの了解を得て、再びキツネの診療所へ戻ることにした。

 診療所の前に着くと、由音はお花がついた白のカバンからスマホを取り出した。


「思い出に写真を撮ってもいいですか?」

「あ、俺も撮りたい!」

 由音の言葉に、秀は母親に写真をお願いされていたことを思い出す。


「あらあら、一致しましたね。私はスマホですから自撮りでもいいんですけど……せっかくですし、誰かに撮ってもらいましょう。すみませーん」


 秀の持つデジカメを見て、由音は即決断した。

 キツネの診療所の出口で待機している男子生徒に声をかけた。

 診療所を出る際に「お大事に」と、声をかけてくれた人だ。

 出口担当はそこまで仕事が忙しくないようで、すんなりオーケーしてくれた。

 まずは由音のスマホで撮影。

 次に、秀のデジタルカメラで写真を撮ってもらった。

 秀とノーブルはありきたりなピースに対し、由音は指でハートを作っておしゃれなポーズをとった。


 まだ本人か聞いていないけど――さすがは、今川由音と同姓同名。芸能人オーラが半端ない。


 周りがちらちらと見てくる。

 確実に写真を撮ってくれた男子生徒は、魅惑のウインクで由音に恋をした。

 もじもじもと何か言いたそうな男子生徒に、


「「「ありがとうございます」」」


 三人はお礼を言ってから、次のお化け屋敷へと向かった。

 目指すは、南館三階。

 やっぱりここも、由音が気になっているお化け屋敷だ。

 でもその前に――と、秀は立ち止まる。


「ちょっと、友達にメールしていいか?」

「そうぞどうぞ、私はちょっとそこを見てきます」


 そう言うと、由音はミニクレープを売っている教室に近寄って行く。

 チョコバナナ、ストロベリー、抹茶、レアチーズ、メープル。

 どれも美味しそうだ。

 釣られて、ノーブルもついて行った。 

 秀はワンショルダーバッグからキッズケータイを出した。

 画面を見ると、光からまだメールがきていなかった。

 だから、代わりに秀がこれからの予定をメールする。


 ――南館三階のお化け屋敷に行く。おまえはどうする?

 

 メッセージを送っておけば、光もそんなに怒らないだろう。 

 秀がキッズケータイをワンショルダーバッグに入れていると、ミニクレープを持ったノーブルと由音が帰ってきた。


「秀はストロベリー味でよかったよね?」

 

 ノーブルが右手に持ったミニクレープを渡してくる。秀の好みを分かっている。

 ちなみに、ノーブルはチョコバナナを選んだ。


「ありがとう。いくらだった?」

「二百円だったよ」


 秀は財布からお金を出して、ミニクレープと交換した。

 早速、ミニクレープにかぶりつく。

 苺ジャムと生クリームが相性抜群だ。


「ふむふむ、これはなかなかおいしいですね」


 由音もストロベリー味に舌つづみ。

 ミニと言うだけあって、間食にちょうどいいサイズだ。

 三人はミニクレープをぺろりと食べ終えると、南館三階へと向かった。

 次はどんなお化け屋敷だろう?


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