第30話・みんなで文化祭へ⑤

「こらこら、可愛い彼女さんを泣かすのは男としてやってはいけない事ですよ」


 優しくたしなめる声がした。

 秀とノーブルが顔を上げると、対面の席にひとりの女子が立っていた。

 大きな黒縁メガネが印象的な見知らぬ女子だ。

 同い年くらいに見えるが、身長は百五十センチ以上ある。小学五年生の平均身長より少し高い。もしかしたら、中学生かもしれない。

 栗色髪をツインテールに結わえ、白のキャスケット帽を深々とかぶって顔を隠しているようだ。

 だけど、それでも整った顔立ちを隠しきれていない。

 白地に紺の襟が付いたレトロワンピースに、黒タイツを合わせたコーディネートが、お嬢様風で大人っぽい雰囲気によく似合っている。


「あれ、その顔は驚かせてしまいましたか? もしそうならすみません」


 見知らぬ女子は満面の笑みで、手を合わせてぺこりと謝ってきた。


「「あ……う、うん……」」


 呆気に取られる秀とノーブルに、女子はすかさず「ありがとうございます」とウインクをする。その仕草がとても魅力的で、秀とノーブルの頬がほんのり赤くなった。


「……て、ていうか。こいつ、俺の彼女じゃないし!」


 秀が力いっぱいツッコミを入れた。


「あらあら、告白がまだでしたか。では、恋人未満友達以上の関係ですね」


 微笑ましい関係だと思い、見知らぬ女子は両手に拳を作って応援するポーズをとる。


「いや、それも違う! ていうか、俺ら男同士だから‼」

「あら、そうなんですか! それはそれは、秘密の関係でしたか。これはあまり大きい声では言ってはいけませんね」


 秀の訴えに、見知らぬ女子は遠慮がちな微笑みを浮かべて、「秘密にしますよ」と左手を頬にそえて小声で言った。

 全然笑えない。


「それも違う!」

「あらあら、恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。私は寛大かんだいですから、偏見なんてしません。実は私、むしろその手の話は好みなんです」


 見知らぬ女子は、勘違いを突き通すつもりらしい。実に楽しげな表情だ。

 秀が何て説明すればいいのか頭を抱えた。

 その隣で、ノーブルが「立ち話もなんだから座りなよ」と、のほほんと言った。


「では、お言葉に甘えます」


 そう言って、見知らぬ女子は対面の椅子に座った。


「それで、どうして痴話ちわげんかをしていたんですか?」

「別にケンカじゃないし、俺達はただの友達だからな! これ以上、変なこと言うのは止めてほしいんだけど」

 痴話の意味がいまいち分からなかったけど、秀はそこを飛ばしてはっきりと言った。


「では、あの涙はいったい何だったんですか? 心配でつい声をかけてしまったんですが……私の見間違えでしたか?」


 言葉とは裏腹に、見知らぬ女子は楽しそうに微笑んだ。

 美人だが、何だか変な女子に絡まれてしまったと、秀は思った。


「ノーブルがお化けが苦手だって知らなくて、俺がお化け屋敷に行きたいって言ったんだ」

「あらあら、それはそれは――」


 見知らぬ女子は、ふむふむと頷いた。

 そして、とんでもないことを言ってくる。


「怖いのでしたら、この私もついて行ってあげますよ」

「いや、それはちょっと……何か悪いしそれに……」


 遠慮する秀に、見知らぬ女子は両手を合わせて嬉しそうに言った。


「遠慮はいりません。お化け屋敷は大勢で行ったほうが怖くありませんし、私も行ってみたかったので、これは言うなればウィンウィンな関係です」

「へ? おまえって……もしかしてひとりなのか?」


 言葉の意味に気がついて、秀は周りをきょろきょろと見回した。

 どうやら本当に、連れがいないようだ。


「はい、お恥ずかしながらそうなんです」

「そっか。ひとりで文化祭に来たんだ……」


 ――こんな所にひとりでくるなんて、友達がいないのかな? と、秀は気の毒に思った。


「お化け屋敷に入ろうか悩んでいるところに、お化け屋敷に行こうとしている可愛らしいカップルに出会うなんて、これは偶然ではなく運命を感じます。そう思いませんか?」


 突然、運命だと言われても……秀は目が点になる。

 だけど、ノーブルは違った。


「ん~、確かに運命に近いけど……僕がお化け屋敷に行く気がないと、その運命は発生しないよ」

「あら、言われてみればそうですね。涙を浮かべるくらいですし、あなたは何が合っていもお化け屋敷に行きたくないんですよね?」


 見知らぬ女子が尋ねると、ノーブルの体が小刻みに震えた。


「お化け屋敷は入ったことがないから分からないんだけど……僕、霊が出るスポットに行くと見えちゃうだよね……」

「へ? 今、なんて言った?」


 秀は耳がおかしくなったのかと思い、聞き返した。


「僕、幽霊が見えるんだ」

「えええええっ!?」


 鳩が豆鉄砲を食ったように驚く秀。それに対して、見知らぬ女子は驚くどころか好奇心に満ちた顔をする。


「あらあら、そうだったんですか。こんな所で幽霊が見える人に出会えるとは思っていませんでした。それは是非ともお化け屋敷にご一緒して頂きたいです!」


 どんなに大人びていて、見知らぬ女子もやっぱり子供だ。

 霊感が『ある?』か『ない?』か話に食いついた。

 子供は何だかんだと幽霊を怖がっても、その手の話が大好きだ。

 秀も目をキラキラさせて便乗する。


「俺、おまえに霊感があるなんて知らなかったぞ! スゲーな‼」

「あはは、持って生まれだけだから、別に凄くないよ……」

「それは才能の一つです。胸を張って下さい。誇っていいことですよ」

「そうかな……」

「そうですそうです。実は私も、ここだけのお話ですが少しだけ霊感があるんです」

「……それ本当かい?」


 ノーブルは半信半疑の面持ちで聞いてくる。


「はい、嘘ではありません。あ、そうです。もしよければ、どちらが先に幽霊を見つけられるか勝負しませんか? そうすれば私にも霊感があると信じてくれますよね?」


 まるで宝探しゲームでも提案するように、にっこりと最高の笑顔を浮かべる見知らぬ女子。

 上手い乗せ方に、ノーブルの心が揺らいだ。

 もうひと声だ。 


「ねぇ、あなたもいい考えだと思いませんか?」


 見知らぬ女子は、秀と目配せを交わす。

 その意味を理解した訳ではないが、秀は無意識に空気を読んだ。

 

「それって、何かスゲー楽しそうだな! いいな~、俺も霊感ほしいぜ‼」

「……秀がそう言うんなら……幽霊が見えるのも悪くないかもね」


 ノーブルは体の震えを押さえて、秀に微笑んだ。

 強がっているけれど、まだ顔色が悪い。本当に幽霊が怖いのだ。

 それを察したのか、秀は心配そうに聞いてくる。


「だけど、本当に大丈夫なのか? 俺はお化け屋敷に行きたいけど、ノーブルが嫌なら諦めてもいいんだぞ」

「あはは、秀は優しいね。幽霊自体は何もしてこないから大丈夫だよ。暗い中でぼや~っとしているだけだし……僕、ふたりについて行くよ」


 小さい頃から何となく幽霊が見えた。

 ただそれだけなのに、ノーブルは怖いと思っている。

 恐怖さえ克服できれば、何の問題もない……はずなのに、いつ見ても見慣れないのだ。

 だけど、今は秀がいる。

 それに、同じ霊感があると言う女子もいる。

 凄く心強い。

 ノーブルは腹を括って、お化け屋敷に挑むことにした。

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