第25話・蘭子のお家⑥

「……お兄ちゃん」


 蘭子がゴミを見るような目で、兄を見つめた。

 兄である隆雪も蘭子を見つめる。愛おしい目だ。

 ふたりの間には、秀達からしても一目瞭然の温度差がある。


「会いたかったよ。愛しいマイエンジェル~!」


 まるで映画のワンシーンのように、隆雪は蘭子を目指して走りだした。

 大切な妹を抱きしめるために、だ。

 だけど、そうは問屋が卸さない。

 ドン引きする蘭子の前に、光が守るようにして立ちはだかる。


「蘭子が嫌がっているので、そういうの止めたほうがいいと思います」


 隆雪の妹に対する軽率な行動を、光がぶった切る。

 その威圧的な瞳が、隆雪をはっとさせた。


「何と! 熱く! 激しく! 突き刺さる眼なのだろうか! そして、情熱の赤を身にまとうその姿は! もしや君は、炎のエンジェルなのか!?」


 これでもか! と、隆雪は目を見開く。

 そして、全身をぷるぷると震わせながら、何故か天を仰いだ。


「否! 疑ってはいけないのだ! その麗しい姿はそうであるに違いない! ああ、炎のエンジェルよ。僕の愛しのエンジェルのために、友として降臨してくれたんだね。感謝してもしきれないよ。僕は前世はエンジェルだったミカエル・アレグサンダーだ。以後お見知りおきを」


 隆雪はゆっくりと片膝をついて、光に頭を垂れる。

 大げさな芝居がかった態度に、周りはツッコミどころ満載すぎてドン引きだった。

 ――ていうか、ミカエル・アレグサンダーって誰だ!? 森隆雪じゃなかったっけ? と、秀は思った。


「お母さーん! お兄ちゃんが邪魔!」

「なッ!? 愛するエンジェルよ! この家の主である創造主を召喚するというのか!?」

 

 リビングダイニングを出て行こうとする蘭子を止めようと、隆雪が立ち上がって手を伸ばす。けれど、蘭子は軽やかにその手をかわした。

 廊下に出て階段を駆け上がる。

 そのあとを、隆雪が必死で追おうとするが――騒ぎを聞きつけて、自室から母親が顔を出す。

 母親の後ろに、蘭子はすぐさま隠れた。


「隆雪。蘭子のお友達が来ているんだし、ちょっかいを出すのはやめなさい」


 階段の途中で立ち止まっている隆雪の姿を見て、母親が深いため息をついた。 


「そ、創造主よ! 僕は一分一秒とも愛するエンジェルから離れたくないんだ! いくらあなたでもそれを邪魔をすることは許さない!!」


 力の限り自分の思いを叫ぶ隆雪。

 だけど、言葉とは裏腹に腰が引けている。

 どうやら、どんなに強がっても、子をゴミを見るような目が半分、子を憐れむ目が半分の母親に逆らえないようだ。


「……あら、今日の夕飯の買い物がまだだったわね。隆雪、ちょっと駅前までついてきてくれるかしら?」

「なっ!? 僕に再び汚れた下界へ降りろ言うのか!」

「言うことを聞かないと、あなたの部屋の装飾を全部捨てるわよ」

「買い物にお供させて頂きます!」


 二つ返事で、隆雪はシャキッと立ち上がり敬礼をした。

 ちなみに、隆雪の部屋は天使や精霊グッズで溢れている。長年コツコツと集めた宝物だ。簡単に捨てられては困る。


「そう。じゃ善は急げね。行きましょう」

「お母さん、これ」


 ちょうどよく蘭子が部屋からカバンを取ってきてくれたので、蘭子の母親がお礼を言って受け取った。

 それから、逃げないように隆雪の腕を掴んで一緒に階段を下りた。

 玄関で靴を履き、見送る蘭子たちに「門限までゆっくりしていってね」と、蘭子の母親はあいさつをしてから買い物へと出かけて行った。もちろん、お騒がせな隆雪の腕は最後まで放さない。

 玄関のドアが閉まると、秀・ノーブル・光・蘭子が、ほっとため息をつく。

 何とも言えないぶっ飛びキャラの強さに、どっと疲れが出る。


「ごめん。蘭のお兄ちゃんが場の空気を壊した……」


 うんざりした顔をしながらも、蘭子はみんなには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 ぺこりと頭を下げるのを見て、ノーブルと秀は口々に蘭子をなぐさめる。


「あはは、相変わらず個性的なお兄さんだね。見ていて飽きないよ」

「確かに個性強かったな。森がさっき言っていた意味が分かったぜ……でも、ま。俺は気にしないぞ! それより、ゲームの続きやろうぜ!」

「そうだね。ここは蘭ちゃんのお母さんに感謝して遊ぼうか」


 そう言って、秀とノーブルは蘭子をリビングダイニングへ連れて行こうとする。

 だけど、光は玄関から動こうとしない。


「どうした?」


 不思議に思った秀が、光に声をかけた。

 すると、光が怯えた目をしながら秀に視線を向ける。


「どっ……どうしよう。本物の中二病って、まじで恐怖しか感じなかったんだけどぉぉぉっ!」


 この日から光は『中二病』という言葉を、軽々しく使わなくなった。


 ☆★


「最近、楽しそうね」


 蘭子の母親が夕飯を作りながら言った。

 慣れた手つきで、ニンジンをみじん切りにしていく。

 その隣で、蘭子が玉ねぎの皮をむいている。


「うん、友達ができた」

「そうね。ノーブルくんの他に、秀くんと光ちゃんが塾に入ってきてくれてよかったわね」

「うん」


 いつも表情が乏しい蘭子が、本当に嬉しそうに笑った。すると、母親も自分のことのように微笑んでくれた。

 子供が友達の話をして、母親がその話を聞く。

 和やかでごく自然な親子の風景。

 けれど、ちょっと前までは少しだけ違っていた。

 蘭子には友達と呼べる子がいなかったからだ。

 根本的に明るい性格ではなく、本を読むことが好きなのもあるが、物心ついた頃から身近な人以外は、何となく同じ顔に見える。だから、人に興味を持てなかった。

 だけど、美しい顔の人は判別できた。体から不思議と溢れ出るキラキラしたオーラが、何故か蘭子には見えるからだ。

 自分がおかしいのか? と思う時期もあった。

 日常生活に支障はなくても、みんなとは何かが違うのだから当たり前だ。

 ある時、本で『相貌失認そうぼうしつにん』という病気があると知った。

 軽度の人は、ほとんどが自覚しないで日常生活を送っているらしい。

 自分の周りにいなくても、世界には同じ境遇の人がいることを知った。

 その時から気持ちが、すっと楽になった。

 知識を得ることで、蘭子は素直に自分自身を受け入れられるようになった。

 そして気がついた。

 キラキラしたオーラを纏う美しい人の独特の雰囲気が好きなんだと、だ。

 織田姉弟に出会えたことは、言うなれば奇跡。

 あれだけのキラキラなオーラを纏った人達に、出会えることはそうそうないだろう。

 だから――ノーブルがやる気を失った時は、非常に困った。

 こんな時はどうすればいいのか? を、相談する同い年くらいの相手がいないため、蘭子は袋小路ふくろこうじに迷い込む。

 ノーブルの役に立たない自分が嫌で仕方がなかった。


 ――そんな時、一筋の光が現れた。


 豊臣秀とよとみしゅう

 いつも笑顔を絶やさないクラスの人気者が、蘭子に話しかけてきたのだ。

 純粋な目がキラキラしているので、蘭子にも顔を把握することができる存在だった。

 意外すぎる展開に驚くしかなかった。

 だけど、チャンスを逃してはいけない。

 藁にも縋る思いだった。


 ――あの時、後悔しない選択を取れたと思う。豊臣さんを誘って本当に良かった。


 今では、秀と友達になれた。

 秀を追って戦国アカデミーに入塾してきた光とは、親友にまでなれた。

 そして、塾仲間だったノーブルとも、本当の友達になれた。


 小学五年生で初めて出来た友達――蘭子にとって『宝物』だ。 

 

  

 






 

 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます