第21話・蘭子のお家②

「あはは、ふたりは本当に仲が良いんだね~。僕には幼なじみがいないから、うらやましいよ」


 秀と光のやり取りに、ノーブルが笑った。笑顔だけど、何となくどこか寂しそうにも見えた。


「何よ、あんたも蘭子と幼なじみみたいなもんでしょ?」

「んー、ちょっと違うかな? 僕と蘭ちゃんは小学一年生から戦国アカデミーに通っている仲間なだけだよ。当初は僕と蘭ちゃんしかクラスにいなかったんだ。だから、必然的に仲良くなっただけで、こんな風に遊んだのは今日が初めてだよ」

「げっ、あんたたちって小学一年生から塾に通っていんだ……物好きだね」


 光が真顔で、本音を漏らす。

 秀と同様、小学一年生の頃の光は、真面目に勉強と向き合っていなかった。どちらかと言えば、頭より体を動かすほうが好きだ。今もそれは変わらない。


「あはは、はっきり言うね。光ちゃんのそういう所、好きだな~」

「はあ!? キモいんですけど!!」

「あはは、僕には手厳しいね。それで話は戻るけど、別に僕と蘭ちゃんは物好きなわけじゃないんだ。入塾したのにはちゃんと理由があるんだよ」

「ふーん、あっそ」

 

 急激な気持ちの変化で、光は一気に興味をなくしてしまう。


「俺は知りたいんだけど、何でだ?」

「僕の姉さんと蘭ちゃんの兄さんが、入塾するついでだったんだ。説明会で、どうですか? と母さん達が勧められて、ノリ的な感じだったかな?」

「「ノ、ノリなんだ……」」


 話の内容に、秀と蘭子は絶句した。

 ――その場の雰囲気で、勉強漬けの日々が決められてしまうなんて……何てふびんなんだ! と思った。


「ていうか、あんたのお姉さんって中学二年なんだよね? 今、どこの私立に通っているのよ?」

「青りんご学園だよ」


 光の問いかけに、ノーブルがにこやかに答える。


「まじで!? 青りんごって、大学附属じゃん! 凄っ‼」


 光は驚きで、飲もうとしていたジュースのパックを手から落としてしまう。幸いパックからジュースが零れ出なかった。


「青りんご……って、もしかして駅伝とかで有名なところか?」

 

 首を傾げる秀に、ノーブルが「そうだよ」と頷いた。 

 青りんご学園。幼稚園から大学、大学院まで一貫して教育を行う伝統ある総合学園だ。附属だけではなく系属校も存在し、入学生はほぼ全員が内部進学できる仕組みになっている。


「あー! 私、いい事思いついちゃったんだけど‼」


 何を思いついたのやら。

 光は興奮気味に机を叩いて、勢いよく立ち上がった。

 同時に、蘭子が桜色のノートパソコンを持ってリビングダイニングに入ってくる。


「ちょうどよかった! ねーねー、蘭子。青りんご学園の文化祭に行こうよ! ノーブルのお姉さんが通っているんだって!!」

「……青りんごは、蘭のお兄ちゃんも通っている。だから、拒否!!」


 光の提案に、珍しく蘭子が大声を出した。

 どういうわけか、冷たくゴミを見るような目をしている。

 秀は思いがけない事柄に、驚きで固まってしまう。

 にこにこと表情を変えないノーブルは、何かしら事情を知っている様子だった。

 そして――何故か、光の顔から輝きが増した。


「うそっ! 隆雪たかゆき先輩って青りんごに通ってるんだ! 何、その少女漫画みたいな展開!? 一緒に戦国アカデミーに通って、一緒に青りんごを受けて、一緒に合格してって、夢みたいじゃん!!」


 感情が高ぶった光は、目を輝かせながらむやみやたらに蘭子の肩を叩いた。

 全然痛くはない。

 蘭子はされるがまま、手を払いのけたりしなかった。ただ黙々と、テーブルにノートパソコンを置いて電源を入れる。

 森隆雪もりたかゆき。蘭子の三歳年上の兄だ。

 一昨年まで、秀たちと同じ小学校に通っていた。

 眉目秀麗の姿は小学生の頃から人気を博し、卒業した今でも『地元の中学に通っていない。じゃあ、どこの中学へ行ったのだろう?』と、噂が飛び交っている。


「じゃあさ、もしかしてふたりは付き合ってたりするの? ていうか付き合っているんでしょ? じゃなかったら、同じ中学になんて行かないよね!?」


 大興奮を抑えられない光は、脳内変換で勝手に『恋バナ』へと発展させる。


「低俗なお兄ちゃんと女神なイチゴちゃんを、恋と言う額縁に入れるのは失礼。断じてない」


 蘭子はぴしゃりと言って、椅子に座った。

 実の兄に対して、蘭子は随分な低評価だ。


「は? あのイケメン王子が低俗って……何で!?」


 光は納得いかない顔で首を傾げる。


「お兄ちゃんは……強いて言うなら、変態。それ以外に言うことがない」

「えー、なにそれ、それじゃ分かんない! もっと詳しく教えてよー」


 この話を早く切り上げたい蘭子。だけど、光は空気を読まずに食らいつく。

 光は両腕を伸ばすと、蘭子の背後から両肩をがっちりと掴んだ。ガクガクと揺すぶられて、蘭子の頭が前後に大きく揺れた。

 

「……分かった。言い方を変える。奇人もしくは変人」

「はあ!? なにそれー! 全然詳しくないじゃん!!」


 血の繋がった兄に対してここまで悪態をつくとは、よっぽど兄が嫌いなのだろうか? と秀は思った。


「まあまあ、落ち着いて。隆雪さんのことなら僕も知っているから話すけど、一言で伝えるなら……蘭ちゃんのことを愛してやまない人なんだ」


 ふたりの堂々巡りのやり取りに見兼ねて、ノーブルがキラキラの笑顔で答えた。


「……な、何それ……何かキモいんだけどっ!」


 ぞぞぞっ! と、光の体に鳥肌が立つ。


「うぅぅうっ……早く妹離れしてほしい……」


 ぽろりと、蘭子の瞳からすかさず涙が零れ落ちた。

 たった一滴だ。だけど、秀と光には効果覿面こうかてきめんだった。


 ――よく分かんないけど、相当、兄ちゃんに苦労しているんだな。俺が力になってあげなきゃ! と秀が思った。

 ――親友の蘭子を泣かせるなんて、蘭子のお兄さんでも許せないんだから! と光が思った。


 すぐさま行動に移したのが光だった。

 包み込むように、蘭子を抱きしめる。


「私が守ってあげるからね!」


 本当は秀が言いたい言葉を、真っ先に光が口に出す。

 そんなやり取りを目の当たりにして、秀の脳内に『がーん!』と効果音がなった。

 だけど、どうしていいのか分からない。ここぞという時に、まだまだ青い秀だった。

 そんな秀の気持ちなんて露知らず。

 蘭子は微笑えみながら、光の腕にそっと両手を添えた。


「ありがとう。頼りにしている」


 ふたりの友情は、深まる一方だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます