第三章・為せば成る、為さねば成らぬ何事も。

第19話・お家へ遊びに行こう

 八月二十六日。月曜日。

 今日は始業式だ。そのあと、宿題提出と大掃除をしてから、引き取り避難訓練で帰宅する。

 都内二十三区でも、区によって夏休みの期間が微妙に違う。

 秀たちの住む区の夏休みの日数は約三十七日間だ。 

 ちなみに、夏期講習は二十日の日程で行われた。前半と後半に分かれていたため、それなりに夏休みを満喫することが出来た。

 秀の場合は、小学校の宿題と塾の宿題に追われて、ある意味でてんてこ舞いだった。

 光がわざわざ家まで来て、面倒を見てくれた日が何日かあった。そのおかげで、何とか両方の宿題を終わらせることが出来た。


 ――やったー! 今回は先生に怒られない!!


 喜びで、朝から秀はテンションが高かった。

 何と! 母親に起こされる前に、目を覚ますことが出来た。朝が弱い秀には、凄く珍しいことだった。

 スクランブルエッグとトーストの朝食をきちんと食べてから、歯磨きと顔を洗う。

 それから飼っているセキセイインコのご飯と水、そしてトイレシートを新しいものに変えた。名前は「ピイちゃん」。秀が名付けた。自分の名前を連呼する可愛い二才の女の子だ。

 登校時間になり、秀はランドセルを背負って手提げかばんを持った。


「母ちゃん、そろそろ行こうぜ」

「あ、もうこんな時間なのね。それじゃ行こうか」


 今日の見送り当番は秀の母親だ。

 一緒に家を出て、階段で一階に降りた。登校班の待ち合わせ場所に行くと、すでにほとんどの子が来ていた。行儀よく並んでいる。秀も列に加わった。


「おはよー。夏休みの宿題、忘れずにちゃんと持ってきた?」


 おしゃれな赤色のワンピースを着た光が声をかけてくる。

 ――いつものことだけど、こんなうだるような暑さの中で、全身赤って何か暑苦しいなと、秀は思った。

 ちなみに、秀は涼し気な水色のTシャツを着ている。


「おう。おまえにあれだけ口うるさく言われて用意したんだし、忘れる訳ないだろ」

「別に口うるさくなんかないし!」


 ばしっと、光にランドセルを叩かれた。

 昨日の夕方、光は「持ち物確認!」と言って、わざわざ秀の家に乗り込んできたのだ。

 ランドセルと手提げかばんに、ちゃんと持ち物が入っているかを見届ける光の姿は、母親以上に母親っぽかった。秀の母親は、そこまで世話焼きではない。


「はーい、時間だからみんな行くよー」

 のん気な声で、秀の母親が登校班を出発させた。

 夏休み明けでやる気が出ない顔をする小学生の列は、だらだらと学校へ向かった。


 ☆★


 あっという間に、引き取り避難訓練が終了。

 秀は母親と一緒に、家へ帰って来た。

 もうすぐ正午になるので、母親がそうめんを茹で始める。

 今日の昼ごはんは、夏の定番冷やしそうめんだ。

 オクラと納豆とかつお節のネバネバそうめんで美味しかった。

 キッチンのシンクに食べ終わった器を置いてから、秀は遊びに行く準備をした。

 午後は光・蘭子・ノーブルと、遊ぶ約束をしている。

 戦国アカデミー以外で、四人が集まるのは初めてのことだ。

 秀はうきうきしながら、食べきれない量のスナック菓子をリュックに詰めていると、母親に怒られてしまった。

 だから、厳選して二袋入れた。

 待ち合わせの時間は、午後一時三十分。

 余裕を持って、秀は十分前に家を出ることにした。

 待ち合わせをしている場所は、駅の近くにある東部フレンド公園だ。

 ノーブルの家は、秀たちの住む学区の隣。そのため、東部フレンド公園が集まるのに丁度よかった。

 秀が鼻歌を歌いながらマンションの自転車置き場から自転車を出していると、光が不機嫌な顔でやって来た。


「ひーでーっ! ちょっと、待ちなさいよー‼ 何で先に行こうとしているのよ!?」

「へ? 待ち合わせ場所って、東部フレンド公園だろ?」

「そうだけどさっ! 同じマンションなんだし、一緒に行こうよ‼」

「ま、確かに……でも、すぐ公園で会えるだろ?」

「つべこべ言わない! ほら、行くよ」

「おう」


 そう言って、秀と光はそれぞれの自転車にまたがって出発した。

 数分後、東部フレンド公園に到着。

 誰もいないと思いきゃ。先にノーブルと蘭子が来ていた。

 自転車を出入口付近に止めて、暑さをしのぐために木陰のベンチに座っている姿を発見した。

 秀と光も自転車を止めて、そこへ向かう。

 木陰のベンチは、暑さしのぎにもならなかった。昼下がりの公園は、とにかく暑い。

 早く室内に避難しようと、光が場を仕切る。

 まだ誰の家で遊ぶのか決まっていなかったため、とりあえず「家で遊ぶのがダメだった人、手を上げて」と聞いた。


「はーい。僕んは今、姉さんの友達が遊びに来ているんだ。だからちょっとダメかも? ごめんね~」

 

 ぱっと手を上げて、ノーブルはほがらかに笑った。

 ノーブルに姉がいるなんて話は初耳だった。

 秀と光は、興味が湧いてくる。


「へー、おまえって姉ちゃんいたんだ! 似てるのか?」

「私も知らなかったんだけど! 絶対に可愛いでしょ!?」


 秀と光がぐいぐい詰め寄ると、へらへら笑うノーブルの代わりに蘭子が口を開く。


「織田イチゴ。中学二年生。身長百七十センチのモデル体型。金髪。青みががったグレーの瞳。透けるような白い肌。ずっと眺めていたくなる貴重な美少女。ノーブル充電以上に超急速充電が出来るのであります!」

「蘭子のどや顔が出た! これは見なきゃ損でしょ! 絶対可愛い!!」

 

 蘭子の力説を聞いて、光は大興奮だ。

 その隣で、秀は首を傾げる。

 知識が足りないのか、ノーブルや蘭子以上の美少女イメージが湧かなかった。


「ちょっと、写真とか持ってないの? 今すぐ見たいんだけど!」


 鼻息荒い光が、ノーブルの肩をがっちりと掴んだ。

 

「あはは、持ってるわけないよ~。実の弟が姉さんの写真を持ち歩いていたら、怖くない?」

「まあ、確かにめっちゃキモいけど……でも残念。じゃあ、次の塾の時に持ってきてよね。持ってこないと、あんたのお弁当を食べちゃうんだから!」

「あはは、それはお腹が空くし困るよ。ちゃんと持っていくから安心して」

「絶対だからね! 絶対だからね! 絶対だからね!」


 光はノーブルの両肩をがくがくと揺らして、何かの呪文のように何度も念を押した。

 そんな光景を眺めながら、秀は『俺も見せてもらおう』と思った。


「光、暑い。そろそろ誰の家にするか決めよう」


 蘭子がハンカチで汗を拭う。無表情に近いが、限界だと顔に書いてある。


「うん、確かに暑いよね! それじゃあ、私と蘭子と秀で誰の家に行くかじゃんけんしょう」

「了解」

「おう」


 静かに蘭子が、ベンチから立ち上がった。

 三人で輪になって構える。ノーブルは審判だ。

 秀・蘭子・光。誰の家で遊ぶのか――この一戦で決まる。



「「「最初は、ぐー! じゃんけん、ぽん!」」」と、三人の声が重なった。


 結果は――ぐー、ぐー、ぱー。


 三人の手元を見て、ノーブルがジャッジを下す。


「あはは、ぱーを出した蘭ちゃんの勝ちだね」

「蘭の家に行こうであります!」


 勝利に胸を張る蘭子は、公園の出入りへ颯爽と歩き出す。秀・光・ノーブルも、後に続く。

 日差しが照りつける昼下がり、火傷しそうなくらい熱くなった自転車のサドルに苦戦しながら、四人は他に誰もいない公園を立ち去った。


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