第18話・手を繋ぎたい

 ☆★


 次の日。

 午前八時頃。光が「一緒に行こう」と、秀の家に訪ねてきた。

 部屋着からТシャツと短パンに着替えている秀の代わりに、母親が玄関のドアを開けた。


「光ちゃんが一緒な塾に通い始めたって聞いて、正直安心したのよ。秀のこと、これからもよろしくお願いね」

「うん、任せて! 秀と一緒に上位校に入れるよう頑張るんだから!!」

「さすが心強い! えいえいおー!」

「おーっ!」


 秀の準備が終わるまで、秀の母親と光は楽しそうに他愛ない話をした。

 赤ちゃんの頃から知っているだけに、本物の親子のように仲がいい。

 ちなみに、光には来年生まれてくる予定の妹か弟がいる。十二才違いだから驚きだ!

 平成生まれと令和生まれで、しかも干支が同じ――何かスゲーなと、秀は思った。


「ふあ~、行こうぜ……」


 準備を終えた秀が、あくびをしながら玄関までやって来る。


「おはよー」


 出しっぱなしの靴を履く秀に、光が挨拶をした。


「んー、おはよー」

「何? 夜更かしでもした?」


 寝ぼけ眼の秀に、光が首を傾げる。


「別に……してないけど……」

「この子、今さっき起きたばかりなのよ。いつまで立っても、朝が弱いからダメね。でも、ま、ちゃんとおにぎりは食べさせたから、塾に着く頃には目が覚めるでしょ。さっ、行ってらっしゃい」


そう言って、秀の母親はエレベーターまでふたりを見送ってくれた。

下ボタンを押すと、すぐにエレベーターが四階に到着。


「「いってきまーす」」


 秀と光の声が重なった。

 秀の母親に手を振って、エレベーターに乗り込む。光が閉ボタンと一階ボタンを押した。

 マンションの外に出ると、朝っぱらから照りつける日差しが暑かった。

 秀と光はなるべく日陰を歩きながら、蘭子と待ち合わせをしている公園へ歩いた。

 公園近くの角を曲がると、五十メートル先くらいに蘭子の姿が見えた。

 秀と光は、追いつくために駆け出す。


「おーい、森!」

「蘭子、こっち向いてー!」


 ふたりの声が届き、蘭子はきょろきょろと辺りを見回した。

 

「おーい、後ろ!」

「こっちだよー!」

 

 知っている声のするほうに蘭子が振り返る。すると、五十メートル競走をしているかのように、秀と光は全力でこっちへ走って来ていた。


「おはよう。暑い中、走るなんて元気。お疲れさま」

「「はぁ……はぁ……おは……よう……」」


 蘭子と合流後、秀と光は肩で息をしながら、滝のような汗をハンカチで拭った。


「蘭、制汗ミスト持っている」


 そう言いながら蘭子は、涼しげな色をした制汗ミストの容器をリュックから取り出した。

 ぷしゅぷしゅぷしゅぷしゅぷしゅぷしゅ……秀と光に、色々な角度から容赦なくミストをかける蘭子。


 ――そんなに臭いか!? と思いたくなるくらいに、だ。


 でも、ひんやりと冷たくて気持ちが良かった。爽やかなフルーツの香りもいい匂いで、何だか体も気持ちもさっぱりした。


「森、ありがとう」

「本当、助かったよー。ありがとね!」

「どういたしましてであります!」


 秀と光にお礼を言われ、蘭子はどや顔をした。


「それじゃ、行こうか」


 秀が先頭で歩こうとすると、何の前触れもなく蘭子が光の手を握った。


「え? 何?」

「手を繋いで行こう」

「はあ? この暑いなか!?」

「暑くない。初めての光充電であります!」

「は? え? あー、充電ね。手を繋ぐと充電されるんだ? ……なら、いいよ」

「ありがとうであります!」


 少し動揺する光に、目を輝かせながら蘭子がどや顔で言った。

 凄く嬉しそうで、邪険に扱えない。

 ふたりで仲良く歩く姿を見て、秀は少しだけ疎外感そがいかんを感じた。 


「俺も手を繋ぎたいかも」


 何気なく口にしてみる秀。すると、冷ややかに光が聞いてくる。


「はあ? どっちと?」

「へ?」


 首を傾げる秀に、光は不機嫌そうに睨みを聞かせながら、今度は丁寧に聞いてくる。


「だから、どっちと手を繋ぎたいのか聞いてるんだけど?」

「あ……えーと……」


 光が何を言いたいのか、秀はようやく気がついた。

 ふたりが手を繋いでるのを見て、自分も仲間に入りたくなった――まではいいが、よくよく考えたら光と蘭子と手を繋ぐには、どちらかを選ばなければいけなかった。

 とっさのことに、頭が混乱する。


 初恋の相手である、蘭子か。

 幼なじみである、光か。


 ――ていうか、小学五年生にもなって女子と手を繋いでる姿をクラスの誰かに見られたら、絶対にからかわれるんじゃないか!? と、脳裏をよぎった。


「やっぱ、俺はいいや」

「あっそ、じゃあ行こう」


 少しほっとした顔で、光は蘭子の手を引いて歩き出した。

 その後ろを、秀もついて行く。

 光と蘭子がメインで話して、秀はすかさずツッコミを入れた。

 これはこれで楽しかった。

 だけど、この光景が戦国アカデミーを卒業するまで続くなんて、秀は思いも寄らなかった。

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