第16話・夏期講習⑤

 ☆★


「せーの」

「「「「いただきまーす」」」」


 秀の掛け声に続けて、四人の声が重なった。

 長机に四人分のお弁当が並ぶ。

 色とりどりで、どれもおいしそうだ。

 その中でも、光のお弁当は一際目立っていた。

 お弁当の中には、のりが巻かれた猫型おにぎり、魚型に切られたチーズ、目と口がついているタコさんウィンナー、アスパラベーコン巻き、玉子焼き、ブロッコリー、プチトマトが入っている。


「明智さんのお弁当って、凄く可愛い」

「本当だ。おにぎりが可愛いね。チーズで作った魚もいい感じだよ~」


 蘭子とノーブルは目をキラキラさせて、光のお弁当箱の中身を凝視した。


「明智の母ちゃんは、家で教室を開くくらいキャラ弁作りが上手いんだぜ。俺の母ちゃんも、よく料理を教えてもらっているんだ」

「凄い人。キャラ弁作れるなんて尊敬するであります!」

「俺もそう思う。見た目だけじゃなくて、味も美味しいから明智の母ちゃんって本当にスゲーって思うぜ」

「いいなー。僕の母さんも見習ってほしいよ。このアスパラベーコンなんて、凄く美味しそうだよ」

「蘭はタコさんウインナー。可愛い」

「俺は、断然この玉子焼き焼きだな! 旨いもん!!」


 と言いながら、三人は光のお弁当を褒めちぎった。

 すると、何故か見る見るうちに顔を赤く染める光。


「あのさ、ママのことを褒めてくれるのは嬉しいんだけど……これ、実は私が作ったんだけど……何か悪い?」

「それ凄い! 明智さん、料理上手であります!」


 どや顔した蘭子が、憧れの眼差しを向ける。


「へ? おまえ、朝からどこにそんな時間が!? ま、まさか……!」

「何よ?」


 秀は、光が料理できることは知っていた。にもかかわらず、驚いたのには訳がある。

 秀的に、朝は時間がある限り寝ていたい。

 今日も、蘭子と待ち合わせ時間のぎりぎりまで寝ていた。

 大体の小学生が『自分と同じだろう』と、秀はずっと思っていた。

 だから、幼なじみの光が、『朝早く起きてお弁当を作れるスキル』を持っていることが信じられなかったのだ。


「おまえ、時間でも止められるのか?」


 ノーブルみたいに、謎のキラキラを出す奴がいるくらいだ。

 ――時を止めれる奴がいてもおかしくないだろう? と、素直に光の成長を認められない秀は、現実逃避をした。


「はあ!? 何中二病っぽいこと言ってんのよ。ここに来る前に、ささっと作ったの!」

「そ、そうなんだ……へ~、すごいな……」


 光に睨まれ、秀は目が泳いだ。動揺を隠せない。

 ――こいつ、いつの間に朝起きれるようになったんだ? スゲーな。


「ていうか、私的に秀と蘭子ちゃんのお弁当も美味しそうだよ。ノーブルの、は……何て言うか――」


 ノーブルのお弁当を見て、一瞬、光は静止した。


「茶色すぎるんだけど」

「確かに、茶色だな」

「茶色」

「あはは、茶色だよね~」


 呆気にとられる光に続けて、三人も同じことを口にした。

 ノーブルのお弁当は、野菜とご飯が一切入っていない揚げ物弁当だった。

 まさに茶色一色だ。


「これじゃ、栄養片寄るじゃない。あんたのママって、気にしないの?」

「うん、気にしない人だね。僕は野菜好きなんだけど、母さんは野菜が嫌いなんだ」


 光の問いに、ノーブルは微笑みながら肩をすくめた。


「入ってても、じゃがいもくらいだ」

「イギリス人のじゃがいも愛は深い」


 秀と蘭子が、口々に言った。


「じゃがいも……他の野菜を食べないなんてあり得ないでしょ! もー、仕方ない。これとこれあげるから食べなさい」


 光は「はあ~」と大きなため息をついて、ノーブルのお弁当箱にブロッコリーとプチトマトを入れた。


「わーい、ありがとう! じゃー、僕はこれをあげるよ~」


 そう言って、ノーブルは光のお弁当に白身フライを入れた。


「あ、じゃあ、俺はこれやるよ」

「蘭はこれあげる」


 秀は旨辛キャベツ、蘭子はほうれん草のナッツ和えを、ノーブルのお弁当箱に入れた。


「わーい、ありがとう! じゃー、お返しにこれをあげるねー」


 ふたりに、ノーブルもチキンナゲットを一つずつ渡した。

 ノーブルのお弁当が彩りよくなったところで、お弁当交換が無事終了。

 改めて、四人は「いただきます」をした。

 早速、ノーブルは貰ったばかりのブロッコリーを箸で持って口に運ぶ。

 秀、光、蘭子も貰ったおかずを「おいしいね」と言って食べた。


 とても和やかな雰囲気のランチタイム――だと、思いきゃ。


「ちょっと、くちゃくちゃ食べないでよ。口閉じて食べなさいって、あんたのママから教わらなかったの?」


 ノーブルの口を開けて音を立てる食べ方を見て、光が不快な顔をした。

 立ちどころに、穏やかではない空気が流れる。


「あ、確かに、それは俺もちょっと気になってた……」

「蘭も」


 残念なことに、秀と蘭もずっと気になっていた。

 だけど、文化の違いかな? と、見て見ぬふりをしていた。

 ふたりがツッコミを入れられないノーブルの食事マナーを、光がいとも簡単に指摘した。


「え? なんで?」

 ノーブルはきょとんとする。

 その間、口の中が食べ物でいっぱいにも関わらず、口を閉じずに噛み続けている。


「はあ? 何で分かんないの!? 食事中に口を開けながら噛むなんて、マナー違反だなんだからね! 他の人を嫌な気分にさせる行動の一つなんだし、今すぐに口を閉じなさい!」

「え~、だけど、口を閉じたら苦しいよー」


 光に説教をされても、それでもなおノーブルは「いやいや」と、首を横に振った。

 すると、光がお箸を持っていない左手で、ノーブルの唇をむぎゅと摘まんだ。


「口の中に食べ物を入れながらしゃべらないでよね!」


 問答無用だった。光は咀嚼そしゃくが済むまで、その手を離さない。

 ――いくらなんでも、ちょっとやりすぎだろ。

 秀は思った。思ったけど、とばっちりを受けたくないので、口は出さなかった。

 食事中まで叱られるのはごめんだ。


「食べ終わった?」


 光の問いに、ノーブルは大きく頷いた。すると、唇を摘まんでいた手が、やっと離れた。


「何度も言うけど、くちゃくちゃ音を立てて食べる行動は、絶対にダメなんだからね! 特に好きな子の前でそんなことしたら、ぜーったいに嫌われちゃうんだから!」

「……分かったよ~」


 解放されたにも関わらず、懲りずにへらへらと笑うノーブル。


「次やったら、洗濯ばさみであんたの唇を摘まむんだからね!」

「ひっ!」


 光の鋭い眼光に射抜かれて、ノーブルはいつの間にか、ちゃんと口を閉じてご飯を食べるようになっていた。

 あとで聞くと、唇を摘ままれたことが、少しだけトラウマになってしまったらしい。


「ふふふ。明智さん、何だかお母さんみたい」


 光とノーブルのやり取りを見て、蘭子が微笑ましそうに笑った。


「あ、それ分かる。明智って、文句いいながらも昔から面倒見がいいんだよな。本当尊敬するぜ」


 ――あとは、怒らなきゃもっといいぞ。と、秀は付け加えたかったが、本人を目の前にして言えなかった。絶対に叩かれる。


「料理も出来て、しっかりしてて、可愛くて、おしゃれで、明智さん本当に素敵なお母さんであります!」


 秀と蘭子が、ベタ褒める。

 すると、何故か光はぷうっと頬をふくらませた。


「別にお母さんじゃないし! まだ十一才だもん!! 今度お母さんぽいって言ったら怒るからね!」


 どうやら、お母さんと呼ばれるのが気に入らなかったようだ。


「じゃあ、女将?」

 蘭子が首を傾げる。


「は? 何で女将!?」

「じゃあ、あねさん?」

「はあ? あねさん!? ねえさんじゃなくて?」


 蘭子の『あねさん』と言葉に、今度は光が首をかしげる。

 ――どういう違い?


「敬と意味を込めて『あねさん』。完璧な明智さんに、凄くしっくりくる。可愛い呼び方だから、このまま『あねさん』と呼んでいい?」


 ぴったりのあだ名をつけることが出来た! と、蘭子は満足げな笑みを浮かべる。


「それは嫌っ! 何か少女漫画の女番長ぽい響きがして、絶対にやだ! 私、ヤンキーじゃないもん!」

「そう……」


 光にダメ出しされて、しょんぼりする蘭子。

 否定ばかりで、さすがに申し訳ないと思った光が口を開く。


「普通に『光』でいいじゃん。私だって『蘭子ちゃん』って呼んでるんだしさ」


 蘭子の顔に、ぱっと花が咲く。


「じゃあ、光さん」

「……さん。は、余計だよ」

「じゃあ、光」

「よーし。じゃあ、私も蘭子って呼ぶね」

「ふふ、光」

「何よ? 蘭子」

「ふふふ、光」

「だから何よ? 蘭子」


 何度かお互いの名前を呼び合い。

 そして、ふたりは笑い合った。

 今のやり取りがきっかけで、お互いに距離が縮まったことを感じ取る。

 穏やかであたたかい雰囲気。

 この瞬間、ふたりは小学校のクラスメイトではなく、友達になった。

 


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