第15話・夏期講習④


「みんな、お弁当食べよう」


 男子だけでは光の怒りが収まらない状況に、一筋の光明こうみょうが差す。

 母手作りのお弁当袋を持った蘭子が、二ノ丸に入って来たのだ。


「……ついに来た」


 そう言うと、光が立ち上がった。

 今まで怒っていた顔はどこへ行ったのやら。

 光は怖いくらいにっこりと笑って、蘭子を迎え入れる。


「やっほー、蘭子ちゃん」


 一つの長机を囲む一員の中に、この教室で見慣れない顔が参加しているのを見て、蘭子は目をぱちくりさせた。


「……明智さん、入塾したの?」

「うん。入塾したからには、頭のいい蘭子ちゃんに負けないんだからね。よろしくー!」


 光は嫌味っぽい言い方をした。だれど、効果がなかった。

 眠そうな顔を、ぱっと輝かせる蘭子。


「凄く嬉しい。明智さんなら大歓迎であります!」


 ――おお、森の『どや顔』と『あります』が出たぞ!

 最近、気がついたことだが、蘭子は本当に嬉しい時や力説している時など、決まって『どや顔』と『あります』をセットでつける。普段は表情が乏しいだけに、凄く分かりやすい表現だ。

 心から光を歓迎してくれているんだなと、秀は思った。  


「な、何か学校とキャラ違わない? どや顔にありますって……どんなキャラ変なわけ!?」


 小学校での蘭子は、物静かでいつもひとりで本を読んでいる。口を開くと不思議ちゃん。感情を表に出したところなんて見なことがなかった。

 動揺した光が、ちらりと横目で秀に助け舟を求めてくる。

 こうなることは、何となく察しがついていた。

 体内面食い電池を充電した蘭子は、生き生きとしている。キャラが違うと思われても無理もない。 


「これが森の本当の姿だ。だから、ありのままを受け入れろ!」

「はあ!? 何、中二病みたいなことを言ってるの? かなり痛いんですけど!!」


 秀の力説は、空しく終わった。

 次に光は、ノーブルを頼る。


「あんたは、蘭子ちゃんがキャラ違うって分かるよね?」

「僕にとっては普段の蘭ちゃんだけど、何か違うの?」


 光の疑問に、疑問で返すノーブル。

 ――そうか! ノーブルは小学生が違うから、電波な森を見たことがないのか。

 小学一年生から付き合いがあるノーブルでも、蘭子の知らない部分があるのだと、秀は少しだけ優越感に浸った。




「明智さんの疑問に、蘭が答える。蘭は、美しい顔が三度の飯よりも大好きなの」

「そ、そうなんだ……それで?」


 意味不明な発言に、光はかなり引いた。だけど、ちゃんと続きを聞くために姿勢を正した。男子と違って、雑には扱わない。

 

「つまり、蘭は面食いなの」

「それは分かった。それで、学校と今とじゃキャラが違うのは、何で?」

「蘭は体内に『面食い』電池を持っているの。小学校での蘭は、充電が必要な状態。充電してもらわないと元気が出ない」

「は? なにそれ……」


 ――やっぱり不思議ちゃんすぎる! と、光は思った。


「ちなみに充電は、老若男女問わず美男美女なら誰でもできる。今はノーブル君で充電されていいるから元気百倍であります!」


 そう言ってどや顔の蘭子は、唖然あぜんとする光に敬礼をした。

 ――とりあえず、座ろう。

 頭を使うことに疲れた光は、椅子に腰かける。

 その隣の空いている席に、蘭子がちょこんと座った。


「ちなみに、明智さんの顔もタイプ。充電される。可愛い。何よりおしゃれであります!」

「えぇ? あ、う、うん。何て言うか……ありがとう……」


 突然、どや顔の蘭子に褒められて、光は目をぱちくりさせた。だけど、すぐにまんざらでもない顔をする。

 嬉しいのに、それを我慢したような何とも言えない表情だ。

 気恥ずかしい気持ちを誤魔化すために、光はリュックからお弁当を出した。


「ち、ちなみに、俺は?」

 ダメもとで、秀も自分のことを聞いてみる。ノリは大切だ。


「豊臣さんの顔は、おしい。つん眉、たれ目はポイントが高い。だけど、歯並びが悪いから減点であります!」


 蘭子はオブラートに包まずに、ずばっと言い切った。清々しいまでにはっきりと、だ。

 今まで歯並びを気にしたことなかった秀だったが――。


「……俺、矯正しょうかな」

「あはは、僕もそれはいい考えだと思うよ。秀は笑顔が素敵だから、歯並びが綺麗になればもっとかっこよくなるよ」

 落ち込む秀に、ノーブルが優しい言葉をかけてくれた。けど、蘭子が言っていることと、全く同じだった。

 つまり、秀がイケメンに近づくには、矯正治療が絶対条件なのだ。

 ――母ちゃんに相談だ。

 絶対に矯正するぞ! と、秀は心に誓った。

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