第13話・夏期講習②

「まーまー、僕は気にしていないから喧嘩しないでね。それに、さっきの引っ張る力加減は僕の理想だったよ」 


 場を和ませるために、ノーブルがにこやかに言った。 

 それを聞いて、光はのけぞった。しかも、椅子を後ろに引いて距離を取る。


「あんたってマゾっ気があるの!? きもっ!」


 昔から男子の扱いに容赦無い光。ノーブルも男だと分かった瞬間、オブラートに包むのを止めた。

 

「おまえ、調子乗りすぎだぞ」


 秀が「はあ~」とため息を吐きながら、光の額を軽く叩いた。

 すると、光から「何すんのよ!」と、倍返しで頭を叩かれてしまった。

 かなり痛い。秀は頭を押さえて光を睨むと、満足げに微笑んでいた。

 黙っていれば可愛いのに、もったいないのは光のほうだと、秀は思った。


「あ! そんなことより、蘭子ちゃん遅くない? もしかしてこのクラスじゃないとか?」


 光が黒板の上の掛け時計に視線を向けた。

 九時五十分。あと十分で授業開始だ。


「蘭ちゃんは本丸クラスだよ。廊下に出て、隣の隣のクラスに行けば会えるよ」

「ふぅん。ねぇ、本丸って何か凄いクラスなの?」


 まだ光は、戦国アカデミーのクラス編成を理解していないようだ。

 ――懐かしいな。と、秀は入塾したての右も左も分からない自分を思い出した。


「本丸は、成績が上位の人しか入れないクラスだよ~」

「は? え、何? 蘭子ちゃんって学校では不思議ちゃんだけど、何気に頭いいんだ。知らなかった……じゃあさっ、私たちのクラスはなんなわけ?」

「あはは、このクラスは最下位組だよ。だから気楽だよね?」


 ノーブルがへらへら笑いながら、目が合った秀に話を振る。


「ま、確かに気楽だけど……」


 秀はごもる。

 勉強嫌いの秀だが、この三か月は自分なりに頑張ってきた。

 それは、やっぱり蘭子の存在が大きいからだ。蘭子と交わした約束を糧にして、今も何とか塾に通うことが出来ている。

 まだ結果が伴っていないけれど、これからも真面目にやって行けば、きっと成績に反映されるだろう――と、蘭子の受け売りで、そう信じている。 

 だから、ノーブルの軽率な発言は、秀にしっくりこなかった。

 どう答えていいのか考えた結果――


「ま、二ノ丸もそれなりに頑張っているクラスだぞ!」


 親指を立てて、秀は『にかっ』と明るい笑顔を見せた。自分だけじゃない、二ノ丸の生徒に対しての思いやりも込めて、だ。 

 だけど、光は不機嫌な顔をした。


「てことは、私も最下位組に案内されたんだ……まあ、確かに入塾テスト難しかったんだよねー。全然解けなかったし……」

「でも入塾出来たんだからよかったね~。おめでとう」


 キラキラの笑顔で、ノーブルが手を叩いた。


「ありがとう。それで、どうやれば本丸に上がれるのか教えて」


 光が机から身を乗り出す。

 どうやら、上位クラスを目指す気があるらしい。


「組分けテストで、いい点数を取ればいいだけだよ」

「ふぅん、そうなんだ。それじゃあ、私たちも頑張らなきゃね!」


 ノーブルはいとも簡単そうに話しているが、現実は険しい道のりだ。

 光がやる気満々にこぶしを握っても、テストの難しさによって変動する偏差値を六十台に固定させて、更に約八十人いるこの校舎で二十位までに入らなければ本丸にはたどり着けない。

 入塾したてでも地頭がいい子なら、それも可能だったりする。だけど、ほとんどの生徒は、地道にきちんと土台を固めるしかないのだ。


「あはは、僕たちに遠慮するよ。僕はこのクラスでまったりしていたいんだ。秀もそう思うよね?」

「おいおいおーい! いつ俺がまったりしたいって言ったんだよ?」


 思わず秀は、手まで付けてツッコミを入れた。

 いつも寝てばかりのノーブルと一緒にされるのは、さすがに心外だった。


「ノーブル……あんたって、バカなの?」


 光はじろりと怖い顔で、ノーブルを睨んだ。


「え? 何が?」


 きょとんとした顔つきで、ノーブルが首を傾げる。


「何が? って、本当に分かんないの!? 受験なんてしなくても地元の中学に行けるのに、勉強嫌いの秀が何のために進学塾なんかに通っていると思うわけ?」

「うーん。そういえば、聞いたことなかったね。僕も秀が戦アカに通う理由をしりたいな~」


 そう言ってノーブルは、秀に理由を尋ねてくる。

 まさか、光が秀の肩を持ってくれるとは予想外だった。

 だけど――これはもしや、ノーブルに『志望校、同じにしょうぜ』と言うチャンスじゃないか?

 今までどうやって切り出せばいいのか、ずっと悩んできたけれど――思いも寄らない光の登場のおかげで、まるっと解決しそうだ。  

 

「実は俺……せっかく塾に入ったからには、頭のいい学校を目指してみようかな? って思い始めたんだ――」

「ほら、ね。秀は頭のいい学校に行きたいんだってさ。せっかくお互いに励まし合って成長出来る友達に出会えたんだから、あんたもまったりとか言ってないで少しでも目標を高く持ちなさいよね。もったいないから!」


 秀が言い終わる前に、光が言葉を被せってくる。

 普段ならむっとするところだが、心に突き刺さるような重みがあるセリフに、秀は感心してしまう。

 光は怒りっぽいが、リーダーシップが取れるくらい考え方がしっかりとしている。

 そのことは、秀も十分に理解している。

 女子に頼られ、男子も頭が上がらない。それが明智光だ。

 やる気のないノーブルも、今の話を聞いて何かしら影響を受けてほしいと、秀は思った。



 


 

 


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