第12話・夏期講習

 七月二十三日。夏期講習一日目。

 五年生の夏期講習は、朝九時から始まる。

 学校が休みでも、だらだらとした生活を送っていられないのだ。

 秀が二ノ丸の教室に入ると、まだ始まる三十分前だというのに、すでに生徒の半分が登校していた。

 ノーブルもそのひとりだ。クラスのみんなと騒ぐわけでもなく、静かに席で夏休みの宿題をしていた。


「よっ! おはよー」


 秀は自分の席にリュックを置きながら、ノーブルに挨拶をした。

 相も変わらず、ふたりの席は最後尾の隣同士だった。

 秀が入塾してから、組分けテストは二回行われた。にも関わらず、仲良く最下位組を絶賛キープ中だ。

 変ったことと言えば、秀の成績が少しだけ上がり、ノーブルと席が入れ替わる現象が起きた。

 つまり、真の最下位はノーブルとなった。

 席替えをするときに、秀は少し気まずく感じた。だれど、当の本人は全く気にしていない様子で「秀が来る前から最下位だったよ~」と、へらへら笑っていた。


「あ、秀。おはよー。今日から新しい子が入ってくるみたいだよ」


 あいさつを返しながら、ノーブルはにこやかに顔を上げた。


「へ? まじか! せっかくの夏休みだって言うのに、わざわざ塾まで来て勉強したがる奴っているんだなー尊敬するぜ」

「あはは、それを言ったら秀も同じだよ~」

「ま、そうなんだけど――!?」


 秀とノーブルが楽しく談笑をしていると、二ノ丸では見慣れない女子が教室に入って来た。

 秀は目を疑う。

 みんなが知らなくても、秀だけは知っているからだ。

 突然、教室に現れたのは『おしゃれは正義!』と、掲げている幼なじみ明智光だった。

 黒の肩出しTシャツに赤のショートパンツ姿。今日もおしゃれだ。

 ていうか、塾に何をしに来たんだ?

 

「ふぅん、随分その子と仲がいいんだね」

 戦国アカデミー指定のリュックを背負う光が、秀とノーブルに近づいてくる。

 何故か分からないけど、始めからケンカ腰のような冷たい口調だ。


「な、なんでおまえがここにいるんだ?」


 光に気圧されながらも、秀は納得がいかない顔で首を傾げる。

 だけど、光は答えない。秀を無視して、ノーブルの後ろの席に座った。

 受付の志村お姉さんに「一番後ろの席は全部空いているんだけど、順番通りに並んでほしいから、金髪の子の後ろに座ってほしい」と、言われたからだ。


「ふふん。私、今日から入塾したの」


 机にリュックを下ろしながら、光は意気揚々と笑みを浮かべて言った。


「へ?」


 秀は目を丸くする。驚きのあまり口をぱくぱくさせるだけで、言葉が出てこない。

 その隣で、ノーブルがにこやかな笑顔を浮かべている。


「に、入塾って……テストは?」

「すぐ夏期講習が始まるからって、一昨日受けた」

「……で、合格したのか?」

「当たり前でしょ。じゃなかったら、ここにいないじゃん。バカにしてるの?」


 むっとした光は、秀の頭をぱこっと平手打ちした。


「いてててっ」

 痛そうに頭をさする秀を無視して、光はノーブルに冷たい視線を向けた。


「私は明智光。秀とは生まれた時からの幼なじみで、小学校でも同じクラスなの。あんたは?」

「僕の名前は織田ノーブルだよ。よろしくね~」


 ノーブルが握手をしようと、光に手を伸ばした。

 キラキラの笑顔が眩しい。それなのに、光は目を細めない。

 ――何で平気なんだ!?

 秀は疑問に思いながら、眩しくて目を細めた。


「何?」


 不機嫌そうに、光が首を傾げる。握手を求められていることに、気づいていないようだ。


「あはは、握手だよ」

 ノーブルが答えた。


「え? 初対面の人と握手するの? 変じゃなない!?」

「そうかな? イギリスでは普通だよ」

「へー、あんたってイギリス人なんだ」

「イギリス人と日本人のハーフだよ~」

「ふーん、だからそんなに可愛いんだー」


 光がまじまじとノーブルの顔を見た。


 ――私、ハーフの女の子と友達になってみたかったんだよね。秀が絡んでなかったら、絶対友達になるんだけどな……。だけど、ライバルに甘い顔をしたくない!


 握手することを断ろうかと、光は思った。

 でも、良心が痛んだ。

 初対面の子に敵意をむき出しにするのは、大人げないと思ったから、だ。

 光は握手に応じることにした。

 ふたりが握手するのを、秀は交互に見て首を傾げる。 


「おい、明智はノーブルの謎のキラキラが眩しくないのか?」

 不思議に思った秀が、単刀直入に聞いてみる。


「はあ? 何か中二病みたいなこと言っちゃってるんだけど、頭大丈夫!?」

 光が握手を終了させ、秀を睨んだ。


「へ? 俺、何か変なこと言ったか?」

「織田さんから謎のキラキラがーって、言ってたけど」

「そうだよ。もしかして、おまえにはキラキラが見えないのか!?」

「中二病、キモっ! 慣れない勉強しすぎじゃないの?」

「そ、そんな……」  


 目を白黒させる秀。

 ――まさか、俺って中二病だったのか!? と、ショックで冷や汗が出て来た。

 自信をなくしそうな秀を無視して、光はノーブルに話しかける。


「ていうか、あんたって『僕っ子』なの? まあ、言い方はそれぞれだし悪くないと思う。だけど、自分のことを『私』とか『ノーブル』って呼んだほうが、陽キャっぽくていいと思うよ。あと、もう少しおしゃれもしたら? せっかくめっちゃ可愛いのにもったいないじゃん」


 ノーブルの頭の先からつま先まで、光は隅々まで観察した。

 深緑のTシャツに茶色のハーフパンツのノーブル。小学生の男子なら普通の格好だ。


「あはは、もしかして僕のこと女だって勘違いしているのかな?」

「は? ……も、もしかして、あんたって男?」

「あはは、そうだよ」

「うそっ! だって、めっちゃ女顔じゃん」


 そう言って、光はノーブルの両頬に手を伸ばした。

 何をするのか? と思えば、光は有無も言わさず『ぶにーゅっ』と、ノーブルの頬を思いっきり引っ張ったのだ。


「いたいいたいいたいっ!」

「おい、止めろよ!」


 痛がっていても抵抗しないノーブルの代わりに、秀が光の腕を掴んで止めさせた。


「何するのよ。遊んでただけじゃん」


 光が不満そうに唇を尖らせる。


「いや、絶対に悪意があっただろ!」

「ひどっ! 男のくせに可愛い顔しているのが許せないなんて思ってないんだからね!」

「いや、口に出しているし! 思いっきり思っているだろ」

「思ってないってば! 逆に男だって解って、安心したくらいだよ!」

 

 ばん! と、机を叩いた。

 自分は悪くないと主張する光。

 確かに、ノーブルを見る目は優しくなった――気がする。

 だけど、頬を引っ張る行動は、明らかに悪意がこもっているように見えた。



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