第10話・蘭子のお願い②

「なんだよ?」

「もし……もしも、豊臣さんがこれから成績上位を目指すつもりなら……ノーブル君も導いてほしいの」

「へ?」

「無理にとは言わない。けど……豊臣さんが勉強を意欲的に取り組むことで、ノーブル君はきっと変わると思うの」


 秀は目が点になる。

 蘭子が深刻な顔で何をお願いするのかと思えば、ノーブルのやる気を出させてほしいとのことだった。

 状況がいまいち分からなかった。

 だけど――もしかして、あいつはいつも寝ているのだろうか?

 だとしたら、蘭子からやる気がないと思われていても仕方がないと、秀は思った。


「えーと……それってつまり、ノーブルと一緒に勉強すればいいのか?」

「大まかに言えば、そう。友達同士、お互いに励まし合ったほうが成績は上がると思う」

「あ、確かに! 一緒に勉強する友達がいれば、俺ももっと頑張れる気がするぜ‼」


 蘭子の案に、秀は両手を振ってやる気に燃えるポーズをした。


「それで……ね。もしも、豊臣さんとノーブル君が成績上位者にもしなれたら、蘭と一緒に三人で一緒の志望校を目指さない?」


 普段のさらっとした口調だったが、蘭子の表情は少しだけ恥ずかしそうにも見えた。


「へ?」


 秀に衝撃が走る。

 ――森は俺たちに女子校を受けろと言うのか!?

 なぜ? どうして? なにゆえ? どういうことだ?


「ちゃんと聞いている?」


 現実逃避する秀に、蘭子が上目使いで顔を近づけてくる。

 至近距離に、秀の心臓がバカみたいに飛び跳ねた。

 


「あ、う、うん。えーと、俺とノーブルが整形して、女子校を受ければいいって……話だったよね?」


 秀がしどろもどろに答えると、蘭子と蘭子の母親が声を上げて笑った。


「ふふふ、何それ。全然違う。もし、豊臣さんとノーブルくんが成績上位者になったら、蘭もふたりに合わせて志望校は共学に変更する。三人で一緒な学校を目指そう」

「へ? ホントに!?」

「うん! 三人でなら凄く楽しい学校生活を送れそうであります!」


 蘭子の切実な願いがこもったどや顔は、どんな言葉よりも説得力があった。

 こんな嬉しい申し出を断る理由なんてどこにも存在しない!

 『あります』って口調は少し気になるけど、そこはツッコミを入れずにスルー。

 今の秀は、心の底から喜びを噛みしめた。

 


「わかった! そうと決まれば、ノーブルと一緒に成績上位者になってやるぜ!」


 秀はこぶしを上げて、やる気をアピールした。


「うん、頑張ろう。ノーブル君のやる気のなさは一筋縄では行かないけど、蘭も全力でサポートする」

「へ? それって、どういう意味?」

「……蘭も聞くけど、今日の授業でもノーブル君は、やっぱり寝ていたの?」

「うん、ほっぺたを強く引っ張っても起きなかったぜ」

「やっぱり……」


 蘭子が深くため息をつく。


「蘭とノーブル君は、戦国アカデミーに一年生から通っているの。だから、蘭はノーブル君が一年から四年生までの学力テストで、全校舎の一位をずっとキープしていたことを知っている」

「へ? もしかして、あいつって本当は頭いいのか!?」

「うん、凄く。でも……何故か五年生に上がった途端、まともに授業を受けなくなったの。いつも寝てばかりで、気がついたら最下位になっていた……」


 ノーブルの過去を、うつむきながらしょんぼりと蘭子が語った。

 その隣で、秀は別の言葉に衝撃を受けていた。


 ――小学一年生から塾に通っているだと!?


 その事実に、秀は耳を疑うことしか出来なかった。

 小学一年生から塾って、いったい何するんだ?

 算数か? 国語か? 理科か? 社会か?

 ちなみに、小学一年生の秀は、どの教科も全く勉強をしていなかった。

 ――森とノーブルは、そんなに勉強してどうするんだ? 何かとてつもない夢でもあるのかな?

 すると、秀の脳裏に『もしかして、ふたりは日本を侵略するつもりなのかもしれない?』と、動揺しすぎて厨房なことが思い浮かんでしまった。

 そんな残念な思考の秀に気づかず、話を進める蘭子。


「ノーブル君、蘭が何を聞いても話してくれないの。全くお手上げ状態。でも、そんな時、豊臣さんが入塾してくれた」


 蘭子がすがるような視線を、秀に向けた。


「へ? えーと、俺が入ったことで、何か変わるのか?」

「うん、変わる。蘭には分かる。豊臣さんならノーブル君はきっと心を開いてくれる」

「ど、どうして分かるんだ?」

 

 何を根拠に言っているんだ? と、秀は首を傾げる。


「お弁当の時のボケとツッコミ。あれ、凄く面白い漫才だった。相性抜群!」

「へ? 決め手はあれなのか!?」

「うん」

「まじか。そんなに面白かった?」

「うん!」

「そっか~」


 秀的には、ノーブルとのやり取りは何気ない会話でしかなかった。

 けれど、蘭子の心をここまで射止めるとは――どうやらあの瞬間、たらこ漫才コンビが誕生してしまったようだ。

 もしかしたらこの先人気を博して、テレビ番組に引っ張りダコの漫才コンビになったりするかもしれないと、秀はノーブルとの漫才コンビに期待を膨らませた。


「よしっ! 話は分かった。未来の相方のためにも、俺がどうにかしてノーブルをやる気にさせてみせるぜ!」

「うん、その意気。頼りにしている」

「おう! 任せてくれっ!」


 こうしてふたりは、同じ目標を持つ仲間になった。


 同時に――これが秀の『初恋』のはじまりでもあった。

 前から薄々感じてはいたけれど、初めての感覚ではっきりと分からなかった。

 五年生で初めて蘭子と同じクラスになって、隣の席になって、徐々にそれが『何の気持ち』なのか、何となく解るようなところまでは来ていた。

 そして、今やっと秀は、自分自身の気持ちをはっきりと自覚した。

 秀は純粋に、蘭子が『好き』なんだと気がついたのだ。

 


 ☆★


 翌日。

 秀が小学校に行くと、蘭子が自分の机に突っ伏していた。

 いつもは本を読んでいるのに珍しい。


「おはよう」


 秀が声をかけると、蘭子が突っ伏したまま視線だけ向けてくる。


「ぴーがががが……電池が足りません電池が足りません充電してください……」

「おいおいっ、昨日充電したばっかりじゃん!」


 今にも壊れそうな蘭子に、秀は思いっ切りツッコミを入れた。


「き、きのう、よ……る、しゃべ……り……すぎた……」

「へ? もしかして、俺としゃべりすぎたって言っているのか?」

「い……えす……」


 そう言って、蘭子は起動停止してしまった。 

 秀の脳内で『がーん!』と、しばらく効果音が響く。

 ――充電って、しゃべりすぎると一日しか充電が持たないのか?

 だとしたら、森とまともに会話するのって、顔面偏差値高い奴が必要不可欠なんじゃないのか!?

 と、秀はジョッキングな事実に直面してしまうのだった。

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