第9話・蘭子のお願い

 ビルの外に出ると、戦国アカデミー生の出待ちする親たちが沢山いた。

 一般的に、中・高校生の授業は遅くても二十二時。小学生の場合は、遅くても二十一時までだ。戦国アカデミーは二十一時まで時間割が組み込まれているため、帰宅が遅い。

 ひとりで家に帰らせるには、色んな意味で心配になる時間。みんながみんなでないけれど、心配性の親たちは毎回お迎えにやってくるのだ。

 蘭子の母親も、そのひとりだ。必ず車で迎えに来ている。

 道路にびっしり並ぶお迎えに来ている車の中から、秀と蘭子は頭が黒色で体が深いピンク色の車を探した。

 目立つ色をしているので、ふたりはすぐに発見することができた。


「おかえりなさい」

 蘭子と秀は後部座席に乗りこむと、蘭子の母親が言った。

 夜遅いのに、おしゃれなベージュのコートを羽織り、身なりもきちんとしている。

 昔、やんちゃだった秀の母親とは、雰囲気が全く違う。蘭子と同じで表情の変化が少ないけれど凄く綺麗な人だと、秀は思った。


「ただいま」

「はじめまして、豊臣秀です。車に乗せてくれて、ありがとうございます!」

 蘭子が答えたあと、秀は元気よくあいさつをした。


「はじめまして、蘭子の母です。夜道は危ないから、これから秀くんもうちの車に乗って帰りなさい。送ってあげるわ」

「へ? いいんですか? ありがとうございます!」


 蘭子の母親の思いがけない言葉に、秀はぺこりと頭を下げた。それから、シートベルトの装着する。


「秀くんの家って、どの辺かしら?」

「あ、名主屋敷のほうです」

「分かったわ。それじゃあ、行くわよ」


 そう言うと、蘭子の母親は車を発進させた。


「それにしても、同じ学校の子が戦国アカデミーに入ってよかったわね」

「うん、蘭も嬉しい」


 母親の言葉に、蘭子は頷いた。


「秀くんは、元々中学受験に興味があったの?」

「えーと、本当は中学受験があることすら知らなかったんだけど、森さんに進められて興味を持ちました」

「あら、まあ。ふふ。それなら、志望校とかまだよね?」

「は、はい。母ちゃんも、まだどこがいいのか分からないみたいです」

「あら、だったら、古いのでよければ参考までに、うちで眠っている学校のパンフレットを差し上げましょうか?」

「へ? いいんですか?」

「いいわよ。蘭子の兄の時のだから、古い資料になってしまって申し訳ないのけど、参考にはなると思うわ。おすすめの学校を見繕って持ってくるわね」

「ありがとうございます」


 ――きっと母ちゃんも喜ぶな。パソコンとにらめっこしてたし……。

 蘭子の母親の優しさに、秀は心から感謝した。だけど、秀にとって、どこの学校が良いとかなんて全く興味がなかった。

 行くべきところは、もうすでに決まっている。『森と同じ中学に行く!』。それが、秀の志望校だ。


「そういえば、森ってどこを受けるつもりなんだ?」

「……………………女子校」


 間を置いてから、蘭子がぼそっと呟いた。

 それを聞いた秀の頭上には、久しぶりに『がーん!』と、効果音が鳴った。

 ――女子校って……女子ってつくだけに、女子しか行けないんじゃないのか!?

 蘭子と一緒の中学に通う夢は――儚く散った。

 あまりの切ない気持ちに、秀は起動停止してしまう。

 戦国アカデミーなんて辞めてやる! と、早くもそんなことを考えだした時だった。

「……があるの」

 蘭子から蚊の鳴くような声が聞こえた。


「へ? 何?」

 ヒデは姿勢を正して、よく聞こえるように耳をそばだてた。


「お願いがあるの」


 そう言って、うつむいていた蘭子が、秀のほうに顔を向ける。

 お互いに目が合った。


「お、お願い?」

 秀は首をかしげた。何だろう?


「うん。豊臣さんしか頼れないお願いなの……」


 蘭子の顔が、異様に近く感じた。

 気になる子にお願いされるのって悪くない。ていうか、頼られている感じが、凄く嬉しかった。

 秀の心臓がうるさいくらいドキドキと鳴りはじめる。


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