第8話・蘭子の成績

 ★☆


 それから、二時間目。

 教科は理科。三十代くらいの男性が担当だ。


「今日は前回と同じ、ろうそくと燃焼をやります」


 先生が黒板に何やら図を描き始めたので、秀は見様見真似でノートに書き写す。

 塾は小学校と違って教科ごとに先生が変わる。

 中学生になれば、それが当たり前になるけれど、まだ小学五年生の秀にとって何だか不思議な気分だった。 

 しかも、授業が前回の続きから始まったせいで、内容がさっぱり分からない。


「おい、ノーブル。ちょっとノート見せてよ」


 秀が横目で隣を見ると、ノーブルは一時間目と同様に居眠りをしていた。

 秀は驚いた。

 ――げっ! こいつ、また寝てる‼

 取りあえず起こさなければと、ノーブルの体を揺すってみる。

 反応がない。


「おい、起きろー」

 耳元で呼びかけてみる。

 反応なし。

 仕方がないので、秀はノーブルからお願いされたことをやってみることにする。


 むぎゅ。


 頬を少し強めに引っ張ってみる。

 だけど、反応がない。

 もしかしたら、強さが足りなかったのか? と、更に秀は頬を引っ張ってみる。


 むぎゅーーーっ!


 かなり力を込めたにも関わらず、それでもノーブルは反応しなかった。

 ――どうすりゃいいんだ!?

 秀はお手上げだった。

 結局、ノーブルは一度も目を覚まさないままに授業が終了した。


 ☆★


「じゃあ、秀。また明日ね~」

「おう、またなー」


 さっさと帰宅準備を終えたノーブルが、秀の肩をぽんっと叩いて、速やかに教室を出て行った。

 さっきまで寝ていたと思えないくらい行動が早い。

 秀も早く帰ろうと、リュックを背負う。

 すると、蘭子が二ノ丸の教室に入ってきた。


「お母さんが車でお迎えに来ているの。豊臣さんも乗ってかない?」

「まじか! やったー。ありがと!」


 蘭子の誘いが嬉しくて、秀は両手を上げて喜んだ。

 今日は、今までの人生で一番疲れたような気がする。

 ぴんと張っていた緊張の糸が切れたのか、秀からどっと体の力が抜けていく。

 塾の授業は小学校の授業なんて比べものにならないくらい難しかった。それに、まだ内容がよく分からないまま宿題が沢山出た。

 塾に通うみんなは、目を背けたくなる量の宿題を、毎日ちゃんとやっているのだろうか?

 小学校の宿題(計算ドリルと漢字ドリル)と合わせると重量級だ。


「顔色悪いけど、大丈夫?」


 蘭子が心配そうに、秀の顔の前で右手を振った。


「あ、悪い。ちょっと疲れちゃって……」

「そっか、初日だもんね。慣れてないから疲れるのは当たり前。今日は早く寝て」

「ん、そうする。今凄く眠いし。このまま立ち寝もできふぁ~」


 話の途中で、秀の口からあくびが出た。


「急いで、帰ろう」


 蘭子にうながされて、秀は教室を出た。

 廊下は帰宅する生徒で、ごった返していた。


「あれ? さっきまでなかったのに、名前が張り出されている」


 廊下の張り紙の前で、蘭子が足を止めた。

 学年別で百位までの成績優秀者の名前が張り出されていた。


「ここが五年生」


 蘭子が人指し指を差して、教えてくれた。


「えーと、よく分かんないんだけど、これって何のテストなの?」

「これは毎月行われる学力テストの結果。全校舎で行うの。この校舎の子はマーカーが引いてある」

「あ、本当だ」


 受付のお姉さんの親切で、ここの校舎の生徒の名前には黄色いマーカーで線が引かれていた。

 自分が成績上位に入っているのかどうか、一目で分かって凄く便利だ。


「こうやって校舎名を見ると、戦国アカデミーって色んな場所にあるんだなー」


 今まで興味なかったけれど、首都圏だけでも戦国アカデミーが数えるのが面倒くさくなるほどあることを知った。

 そのことは、秀にとって今日一日の疲れが吹っ飛ぶくらい衝撃だった。

 ――こんなに校舎があるなんて、何かスゲーよな。

 塾に来てまで、何を好き好んで勉強しているんだろうか? って――分かった! 

 みんな、俺みたいに気になる奴がいるんだな。

 ――勉強嫌いな俺が言うんだから、絶対に間違いない。 

 そう納得して、秀はちらりと蘭子を盗み見た。

 真剣に成績表を眺める姿は、やっぱり可愛い。

 秀は頬を微かに赤く染めながら、再び成績表を眺めた。

 すると、上位に知っている名前を見つけた。


「おおっスゲー! 五年の三位にラインが引かれてる! って、森じゃん‼」


 秀は驚きながら、張り紙と蘭子を交互に見た。


 三位・森蘭子。三九五点。○○校。


「別に凄くない。まじめに授業を聞いて、予習復習宿題をちゃんとすれば豊臣さんも上位に入れるよ」


 蘭子は当たり前のことのように、当たり前じゃないことをさらりと言った。


「へ? そんなもんなのか? 俺でも上位に入れちゃう? 予習復習宿題ってスゲーな!」


 軽口を叩く秀だったが、

「いやいやいやー、そんなわけないから!」と、しっかりツッコミも入れていた。

 絶対に元々頭が良くないと無理だと思った。けれど、夢のまた夢のような話を、蘭子は真面目な顔で言う。


「そんなことない。予習復習宿題は大切」

 冗談で言っていない。蘭子は真剣そのものだ。

 秀はごくりとつばを飲んだ。

 嘘か? 真か?

 どっちだろうとかまわない。気になる子が言っているんだ。信じるしか道はない。


「わ、わかった。ちゃんとやる!」

「約束ね」

「うん、約束する」


 秀が力いっぱい頷くので、蘭子は満足げに微笑んだ。


「よかった。それじゃ、帰ろう。お母さんが待ってる」

「お、おう」

 

 出入り口に向かう蘭子のあとに続いて、秀も歩き出した。

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